区分店舗の売却でテナントとの「立ち退き交渉」が必要になった時
QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い
買主が自分で使いたいという理由で、テナントに出てもらう必要が生じたらどうすればよいのでしょうか。
法律は、更新拒絶や解約の申入れに正当の事由を求めており、通知の時期にも定めがあります。売却の都合だけで進む話ではありません。立退料は、明渡しの条件として財産上の給付をする旨の申出として考慮される要素です。貸家を売るために借家人に支払った立退料は譲渡費用の主なものとされています。交渉は弁護士に、費用の扱いは税理士に確認するのが目安です。
買主が見つかったものの、条件は「空の状態で引き渡すこと」。あるいは、建替えや用途転換を前提とした話が進んでいる。区分店舗の売却では、こうした形で明渡しが必要になることがあります。
ここで気をつけたいのは、立ち退きが「お願いすれば済む話」でも「お金を積めば解決する話」でもないという点です。法律は賃借人の地位を保護しており、売主の都合だけでは動きません。
この記事では、借地借家法と国税庁の公開情報をもとに、交渉が必要になったときの進め方を整理します。制度や数値は2026年9月時点の内容であり、個別の判断は弁護士・税理士などの専門家への相談を前提としてお読みください。
そもそも明渡しが必要になる場面
① 賃貸借は買主に引き継がれるため、賃貸中のままでは自己使用できない
② 建替えや大規模な用途転換を前提とする取引でも明渡しが前提になる
③ 明渡しを条件とする売買は、成立までに時間がかかる
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対しても効力を生ずるとされています(借地借家法第31条)。(出典:e-Gov法令検索「借地借家法」)賃貸中のまま売れば、買主は賃貸人の立場を引き継ぐだけで、自分では使えません。だからこそ、自己使用を考える買主は「空の状態での引渡し」を求めます。
ただし、明渡しを売買の条件にすると、交渉がまとまらない限り取引も成立しません。期限を切った契約にすれば、交渉が難航したときに売主が責任を負う形になりかねません。契約の組み方そのものが論点になるため、早い段階で弁護士に相談しておく必要があります。
法律が定めている手順とハードル
① 更新しない旨の通知には、時期の定めがある
② 更新拒絶や解約の申入れには、正当の事由が求められる
③ 解約の申入れをしても、終了するのは6月を経過したとき
④ 定期建物賃貸借であれば、扱いが異なる
通知の時期
建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の1年前から6月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知または条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなすとされています(同法第26条第1項)。つまり、このタイミングを逃せば、同じ条件で契約が続くことになります。
売却の話が持ち上がった時点で、まず契約期間と満了日を確認してください。通知の時期を過ぎていれば、次の更新時期まで待つか、合意による解約を目指すかという選択になります。
正当の事由という関門
建物の賃貸人による更新拒絶の通知や解約の申入れは、建物の賃貸人および賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況および建物の現況ならびに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件としてまたは建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければすることができないとされています(同法第28条)。
ここで注目したいのは、条文が考慮要素を列挙していることと、財産上の給付の申出がその一つに位置づけられていることです。売りたいからという理由だけでは足りず、双方の事情を総合して判断される構造になっています。自分のケースでどの程度の見通しがあるのかは、事実関係を踏まえた評価が必要になるため、弁護士に相談して方針を立ててください。
期間と型式
期間の定めがない建物の賃貸借の解約の申入れをした場合には、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から6月を経過することによって終了するとされています(同法第27条第1項)。一方、期間の定めがある建物の賃貸借で、公正証書による等書面によって契約をするときに限り契約の更新がないこととする旨を定めた場合には、期間の満了により終了する仕組みが設けられており、期間が1年以上である場合の終了の通知についても定めが置かれています(同法第38条)。自分の契約がどの型式なのかで、進め方は大きく変わります。
立退料をどう位置づけるか
① 立退料は、正当の事由の判断で考慮される要素の一つ
② 貸家を売るために借家人に支払った立退料は、譲渡費用の主なものとされている
③ 金額は、移転に伴う実費と営業への影響から組み立てる
立退料は、払えば明渡しが認められるという性質のものではありません。条文上は、明渡しの条件としてまたは明渡しと引換えに財産上の給付をする旨の申出をした場合の、その申出を考慮するという位置づけです。他の事情と合わせて判断されるため、金額だけを先に提示しても交渉が進むとは限りません。
税務上は扱いが明確です。譲渡費用の主なものとして、売るために支払った仲介手数料、売主が負担した印紙税、貸家を売るためにその貸家の借家人に支払った立退料などが挙げられています。(出典:国税庁 タックスアンサー No.3255 譲渡費用となるもの)ただし、支払いの趣旨や時期によって評価が分かれる場合もあるため、合意書を作る前に税理士へ確認しておくと申告時に迷いません。
金額の組み立てについては、移転先を探す費用、引越しと内装工事の費用、営業を休む期間の影響、造作や設備の扱いといった要素を積み上げる考え方が一般的です。区分店舗では、看板や外装の工事費が大きくなることもあります。根拠を示せる形にしておくと、交渉でも説明しやすくなります。
誰が、どう交渉するか
① 報酬を得て法律事務を扱うことには法律上の制限がある
② 最初の伝え方が、その後の交渉の空気を決める
③ やり取りは記録が残る形にする
立ち退きの交渉を不動産会社に任せたいと考える方は少なくありません。ただし、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で法律事件に関して代理その他の法律事務を取り扱うことを業とすることは、法律上制限されています(弁護士法第72条)。交渉そのものを誰が担うのかは、この点を踏まえて整理しておく必要があります。まず弁護士に相談し、役割分担を決めたうえで進めるのが安全です。
伝え方も重要です。いきなり期日を切った通知を送れば、相手は身構えます。まずは状況を説明し、協議の意思があることを示す。そのうえで、条件を具体的に提示していく。この順序を踏むかどうかで、着地までの時間が変わります。
一方で、口頭のやり取りだけで進めるのは避けてください。いつ、何を伝え、どう回答があったのか。記録が残っていなければ、後の手続きで主張を裏づけられません。書面やメールを基本とし、面談の内容も要点を文書化しておくことをおすすめします。
売買契約との組み合わせ方
① 明渡しを引渡しの条件にするか、現況のまま売るかで責任が変わる
② 交渉中であることは、買主の判断に関わる事情になり得る
| 進め方 | 内容 | 注意したい点 |
|---|---|---|
| 明渡し後に売る | 交渉がまとまってから売り出す | 空室期間の固定費、売却時期が読みにくい |
| 明渡しを条件に売る | 引渡しまでに明け渡す前提で契約する | まとまらない場合の扱いを契約で定める必要がある |
| 現況のまま売る | 賃貸借ごと引き渡し、交渉は買主に委ねる | 価格に反映される、買主層が限られる |
なお、宅地建物取引業者は、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼす事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為が禁止されています(宅地建物取引業法第47条第1号)。(出典:e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」)交渉中であることや、相手の反応をどう説明するかは、媒介業者と共有したうえで決めてください。
区分店舗ならではの論点
① 規約と集会の決議は、区分所有者にも占有者にも関わる
② 原状回復の工事には、管理組合側のルールが絡む
区分所有法では、規約および集会の決議は区分所有者の特定承継人に対しても効力を生ずるとされ、区分所有者は建物の管理または使用に関し共同の利益に反する行為をしてはならないとされています。この規定は専有部分を占有する者にも準用されています(建物の区分所有等に関する法律第46条第1項、第6条)。(出典:e-Gov法令検索「建物の区分所有等に関する法律」)
退去に伴う原状回復工事では、管理規約の定める届出や作業時間の制限、指定業者の有無が関わってきます。明渡しの期日だけ決めても、工事に入れなければ引渡しに間に合いません。交渉の段階から管理会社に確認し、工事に必要な期間を見込んでおいてください。看板の撤去や共用部分への影響がある場合は、さらに調整が必要になります。
お金の流れと税務
① 立退料は譲渡費用の主なものとして挙げられている
② 維持管理のための費用は譲渡費用にならない
③ 所有期間は譲渡した年の1月1日時点で判定される
前述のとおり、貸家を売るためにその貸家の借家人に支払った立退料は譲渡費用の主なものとして挙げられています。一方、修繕費や固定資産税など資産の維持や管理のためにかかった費用は譲渡費用になりません。(出典:前掲・国税庁 No.3255)交渉が長引いて空室期間が延びた場合、その間の管理費や公租公課は売却時の税額を減らす方向には働かないという点も押さえておいてください。
譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算し、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものを長期、5年以下のものを短期として区分されます。(出典:国税庁 No.3202)税率の基礎は長期が所得税15%・住民税5%、短期が所得税30%・住民税9%で、これに復興特別所得税をあわせて申告・納付します。(出典:No.3208/No.3211)また、事業に使用していた建物や店舗賃貸用の建物の譲渡は消費税の課税の対象になるとされる一方、土地の譲渡は非課税取引とされています。(出典:No.3240/No.6201)立退料を払ってでも明渡してから売るのか、現況のまま売るのか。手取りで比べるには税理士の試算が欠かせません。
【税務・法務に関する専門家相談のご案内】
弁護士(不動産・賃貸借に詳しい方)
正当の事由に関する見通しの評価、通知書や協議の進め方、立退料の水準の検討、合意書の作成、売買契約との組み合わせ方、交渉が決裂した場合の手続きの選択など。最初の接触の前から関与してもらう価値が大きい場面です。
税理士(不動産税務に詳しい方)
立退料の取扱い、空室期間の費用の整理、明渡してから売る場合と現況のまま売る場合の手取り比較、消費税の納税義務の判定など。合意書の内容を固める前に確認しておくと安心です。
建築士
原状回復の範囲の確認、専有部分と共用部分の区分、工事に必要な期間の見積りなど。明渡し日から引渡し日までの工程を組むために役立ちます。
設備業者
設備の撤去範囲と費用の概算。立退料の金額を組み立てる際の根拠資料になります。
進め方の手順
① 接触する前に、契約内容と見通しを確認する
② 期限から逆算して工程を組む
契約期間、満了日、更新の履歴、契約の型式、特約を洗い出します。通知の時期も確認します。
正当の事由に関する評価と、想定される立退料の水準を弁護士と検討します。
立退料を払って明渡してから売る場合と、現況のまま売る場合の手取りを税理士に試算してもらいます。
誰が、どの順序で、何を伝えるかを決めます。記録が残る形で進めます。
明渡し日から原状回復、引渡しまでの日程を逆算します。管理組合のルールも確認します。
明渡し期日、金銭の額と性質、原状回復の範囲、支払時期を明記します。文言は弁護士に確認します。
よくある質問(FAQ)
① 条文で決まっている部分と、事案ごとに評価が分かれる部分を分ける
② 接触する前に見通しを立てる
まとめ
① 通知の時期と正当の事由という2つの関門がある
② 立退料は考慮要素の一つであり、万能の手段ではない
③ 現況のまま売るという選択肢も並べておく
立ち退き交渉は、売主の希望だけで進む話ではありません。契約期間と通知の時期、そして正当の事由という枠組みの中で、相手との合意を目指す作業です。最初の接触の前に、見通しと方針を固めておくことが結果を左右します。
区分店舗では、明渡しの後に原状回復の工事が控えています。管理規約のルールによっては、工事に入れる時期が限られることもあります。明渡し日だけを決めて安心せず、引渡しまでの工程を通して組んでください。
交渉と書面の設計は弁護士に、立退料を含む手取りの比較は税理士に。そのうえで、現況のまま売る場合の数字も持っておく。二つの道を並べて進めれば、交渉が思うように進まなくても慌てずに済みます。
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