築古ビルの「修繕投資」と「売却」どちらが得か売主の試算

QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い

古いビルに修繕費をかけるのと、今売るのと、どちらが得ですか?

答えは物件ごとに違いますが、比べ方は決まっています。まず修繕費が税務上「その年の経費になる修繕費」か「資産として償却する資本的支出」かを見極めます。国税庁は、資本的支出は元の資産と種類および耐用年数を同じくする資産を新たに取得したものとして償却するとしており、築古ビルでも短い年数で経費化できるとは限りません。そのうえで「今売る」「直して持つ」「直して売る」の3つについて、手元に残る金額と回収にかかる年数を並べます。修繕費の判定と試算は税理士に、工事契約やテナントとの調整は弁護士に確認してください。

築古ビルを持つ売主の方が、ある日業者から大きな見積りを受け取ります。外壁、屋上防水、給排水管、エレベーター。合計すると、それだけで一年分の賃料を超えることもあります。そこで浮かぶのが「これだけかけるなら、いっそ売ったほうがいいのでは」という問いです。

この問いに勘で答えると、後から悔やむことになりがちです。修繕費は税金の扱いによって効き方が大きく変わり、「経費で落ちるから実質負担は小さい」と思っていた支出が、何十年もかけて少しずつしか経費にならないことがあるからです。

この記事では、築古ビルの修繕投資と売却を比べるための試算の組み立て方を、国税庁の公開情報をもとに整理します。具体的な金額は物件ごとに異なりますので、ご自身の数字を当てはめられる「試算の型」をお渡しします。最終的な判断は税理士に確認していただく前提です。

比べるのは「今売る」「直して持つ」「直して売る」の3本

ポイントは3個:

  • 「修繕するか売るか」は二択ではなく、直してから売るという第三の道がある
  • 3本は、修繕費をどこで回収するか(回収しない・賃料で・価格で)が違う
  • 比べる軸は、手元に残る金額と、回収にかかる年数の二つ

修繕するか売るかという問いは、実際には3つの選択肢に分かれます。修繕費をかけずに今売る。修繕費をかけて持ち続け、賃料で回収する。修繕費をかけてから売り、売却価格で回収する。3本の違いは、修繕費をどこで取り戻すかにあります。

比べる軸は二つに絞ります。最終的に手元に残る金額と、修繕費を取り戻すまでにかかる年数です。手元に残る金額が大きくても、回収に20年かかるなら、それまで持ち続けられるかという別の問題が出てきます。年齢、相続の予定、他の資産とのバランスによって、同じ数字でも選ぶ答えは変わります。

そしてこの比較の前提になるのが、修繕費の税務上の扱いです。ここを確かめずに試算すると、すべての数字がずれます。次の章でまずこの点を固め、そのうえで3本を順に試算していきます。修繕費の扱いは工事の内容によって判断が分かれますので、見積書を手に入れた段階で税理士に見てもらうのが近道です。

試算の前に、修繕費の「行き先」を決める

ポイントは4個:

  • 修繕費と資本的支出の区別は、名目ではなく実質で判定される
  • おおむね3年以内の周期の修理、一つの修理が20万円未満の場合などは修繕費として扱える
  • 資本的支出は、元の資産と種類・耐用年数を同じくする資産を新たに取得したものとして償却する
  • 築古ビルでも、資本的支出が短い年数で経費になるとは限らない

修繕費には二つの行き先があります。その年の経費になる「修繕費」と、資産として何年もかけて経費にしていく「資本的支出」です。国税庁は、修繕費と資本的支出の区別は修繕や改良という名目ではなく実質で判定するとしたうえで、おおむね3年以内の周期で行われる修理・改良である場合、一つの修理・改良などの金額が20万円未満である場合などを修繕費として扱える基準として示しています。資本的支出か修繕費か不明確な場合には、金額が60万円未満、または資産の前年末の取得価額のおおむね10パーセント相当額以下であれば修繕費として扱える旨も示されています(出典:国税庁「No.1379 修繕費とならないものの判定」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1379.htm/2026年10月時点)。

同庁は、原則として資本的支出になるものとして、物理的に付け加えた部分の金額、用途変更のための改造や改装に直接要した金額、部品を高品質・高性能のものに取り替えた場合の通常の取替え金額を超える部分を挙げています。外壁や屋上防水の全面的なやり替え、設備の高性能品への更新など、築古ビルの大型工事はこちらに当たる余地があります。

資本的支出は「本体と同じ耐用年数」で償却する

試算を大きく左右するのがここです。国税庁は、平成19年4月1日以後に行った資本的支出について、その資本的支出を行った減価償却資産と種類および耐用年数を同じくする減価償却資産を新たに取得したものとして、資本的支出とされた金額を取得価額として償却するのが原則としています(出典:国税庁「No.2107 資本的支出を行った場合の減価償却」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2107.htm/2026年10月時点)。

これが何を意味するか。国税庁の耐用年数表では、鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造の事務所用の建物は50年とされています(出典:国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/pdf/2100_01.pdf/2026年10月時点)。建物が古くても、そこに加えた資本的支出は本体と同じ耐用年数で新たに償却が始まるという扱いになります。毎年経費にできる額は支出額に比べて小さく、「経費で落ちるから実質負担は軽い」という見込みは崩れることがあります。

なお同庁は、平成19年3月31日以前に取得した資産への資本的支出について元の資産の取得価額に加算して償却できる特例や、定率法の資産に関する特例も示しています。建物本体の耐用年数をどう扱っているかによっても計算が変わりますので、見積書の工事項目ごとに、修繕費か資本的支出か、資本的支出ならどの耐用年数になるかを税理士に確認してから試算に入るのが順番です。

「直して持つ」の回収を試算する

ポイントは4個:

  • 回収の源泉は、修繕によって増える賃料と減る空室
  • 不動産所得は総収入金額から必要経費を差し引いて計算する
  • 必要経費の主なものは、固定資産税・損害保険料・減価償却費・修繕費
  • 修繕をしなかった場合の賃料の落ち込みも比較に入れる

2本目の「直して持つ」は、修繕費を賃料で取り戻す道です。試算では、修繕によって何が増えるかを具体的に見積もります。空室が埋まりやすくなる、更新時に賃料を維持しやすくなる、退去を防げる。修繕の効果は「増える賃料」と「減る空室」の二つで測るのが基本です。

そのうえで税金を反映します。国税庁は、不動産所得の金額は総収入金額から必要経費を差し引いて計算するとし、必要経費になる主なものとして固定資産税、損害保険料、減価償却費、修繕費を挙げています(出典:国税庁「No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1370.htm/2026年10月時点)。修繕費として扱えた部分はその年の経費に、資本的支出とされた部分は毎年の減価償却費として少しずつ経費に入ります。

「直さなかった場合」も並べる

見落としやすいのが比較の相手です。「直して持つ」を「今のまま持つ」と比べるとき、今のままの賃料が将来も続くとは限りません。設備が止まればテナントが出ていき、次が決まらないこともあります。修繕しなかった場合に賃料がどう落ちていくかを同じ年数で見積もり、その差を修繕の効果として数えるのが公平な比べ方です。

回収年数は、修繕費の総額を、修繕によって増える手取りの年額で割ると目安が出ます。この年数が、自分が持ち続けるつもりの年数より長いなら、「直して持つ」は回収しきれない可能性が高くなります。テナントが入ったまま工事をする場合は、営業への影響や賃料の扱いでテナントと調整が必要になることがありますので、工事の前に賃貸借契約の内容を弁護士に確認しておくと安心です。

「今売る」「直して売る」の手取りを試算する

ポイントは4個:

  • 譲渡所得は、売却収入から取得費と譲渡費用を差し引いて計算する
  • 修繕費など維持管理の費用は譲渡費用にならない
  • 資本的支出は取得費に含まれるが、償却した分は差し引かれる
  • 修繕費が売却価格にどこまで乗るかは、買主の使い方次第

売る2本は、譲渡所得の計算で比べます。国税庁は、土地や建物を売ったときの譲渡所得に対する税金は他の所得と区分して計算するとしています(出典:国税庁「No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3202.htm/2026年10月時点)。譲渡所得は売却収入から取得費と譲渡費用を差し引いて求めます。

「直して売る」で注意したいのは、修繕費の扱いです。国税庁は、修繕費や固定資産税などその資産の維持や管理のためにかかった費用は譲渡費用にならないとしています(出典:国税庁「No.3255 譲渡費用となるもの」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3255.htm/2026年10月時点)。売る直前に修繕しても、その費用を売却の経費として引くことはできません。

資本的支出は取得費に入るが、償却分が引かれる

一方、資本的支出とされた部分は取得費の側に入る余地があります。国税庁は、取得費には購入代金や建築代金のほか設備費や改良費なども含まれ、建物の取得費は購入代金などの合計額から所有期間中の減価償却費相当額を差し引いた金額になるとしています(出典:国税庁「No.3252 取得費となるもの」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3252.htm/2026年10月時点)。

つまり資本的支出は、持っている間は少しずつ経費になり、売るときには償却しきれていない残りが取得費として効くという流れです。修繕して早めに売るほど、資本的支出の多くが取得費として残ることになります。ただし取得費が増えて税金が減るのは、支出額のごく一部です。修繕費そのものを売却価格で回収できなければ、手取りは「今売る」を下回ります。

そして最大の不確実性が、修繕費が売却価格に乗るかどうかです。買主が建物を取り壊す前提なら、修繕は価格にほとんど反映されません。買主が自分の用途に合わせて改装する前提なら、売主の修繕と重複します。工事に着手する前に、想定する買主がどう使うつもりかを業者に聞き、そのうえで税理士に手取りを試算してもらってください。

試算シートで3本を並べる

ポイントは3個:

  • 同じ年数・同じ項目で3本を並べると、比べる土台がそろう
  • 分かれ目は「回収年数」と「持ち続けるつもりの年数」の関係
  • 数字の確からしさに差がある項目は、幅を持たせて見る

ここまでの考え方を、売主ご自身が数字を埋められる表にまとめます。金額は物件ごとに違いますので、空欄を見積書や賃貸借契約書、業者の査定から埋めていきます。

項目 今売る 直して持つ 直して売る
修繕費の総額 かけない 見積書から 見積書から
うち修繕費/資本的支出 ― 税理士の判定で分ける 税理士の判定で分ける
保有中の賃料の変化 ― 直した場合と直さない場合の差 工事期間中の影響のみ
売却価格 現況の査定 将来の想定(幅を持たせる) 修繕後の査定
取得費への影響 現状のまま 資本的支出は償却が進む 資本的支出の未償却分が残る
税金 譲渡所得 毎年の不動産所得+将来の譲渡所得 工事年の不動産所得+譲渡所得
回収にかかる年数 回収不要 修繕費÷増える手取りの年額 売却時に一括で判明

表を埋めると、判断の分かれ目が見えてきます。「直して持つ」の回収年数が、自分が持ち続けるつもりの年数より短ければ、修繕投資は検討に値します。長ければ、回収しきる前に売ることになり、その時点で修繕費が価格に乗るかどうかに賭けることになります。回収年数と保有予定年数の関係が、もっとも大きな分かれ目です。

売却価格の将来の想定のように不確かな項目は、一つの数字で決めず、高めと低めの二通りで試算しておくと、判断がぶれにくくなります。長期と短期の区分は売った年の1月1日を基準に判定する仕組みですので(出典:国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3208.htm/2026年10月時点)、築古ビルを長く持ってきた売主であれば多くは長期にあたりますが、念のため確認してください。

税務・法務の整理をあわせて進めるために

修繕投資と売却の比較は、試算の数字の大半が税務の判定に左右され、工事を実行できるかどうかが法務の調整に左右されます。どちらかが欠けた試算は、実行の段階で崩れます。

税務面で税理士に確認したい主な事項は、見積書の工事項目ごとの修繕費と資本的支出の判定、資本的支出の償却に使う耐用年数と方法、建物本体の償却の状況、修繕した年とその後の不動産所得の見込み、売却した場合の取得費と譲渡所得の試算、長期・短期の区分と売却時期、消費税の課税事業者としての取扱いなどです。

法務面で弁護士に確認したい主な事項は、工事請負契約の内容と工期遅延・不具合の際の責任、テナントが入ったまま工事をする場合の営業への影響と賃料の扱い、賃貸借契約上の修繕義務の所在、工事を理由とした一時退去や立退きの可否、売却時に修繕の内容と履歴をどう告知するか、契約不適合責任の定め方などです。

相談の順番は、見積書を手に入れたら税理士に判定を依頼し、試算シートを埋めてから弁護士に実行面の確認をする流れが効率的です。

よくある質問

Q1. 修繕費は全部その年の経費になりますか

なりません。国税庁は、修繕費と資本的支出の区別を名目ではなく実質で判定するとし、おおむね3年以内の周期で行う修理・改良、一つの修理・改良の金額が20万円未満の場合などを修繕費として扱える基準として示しています(No.1379/2026年10月時点)。工事項目ごとの判定は税理士にご依頼ください。

Q2. 古いビルなら資本的支出も早く償却できるのではないですか

国税庁は、資本的支出は原則として元の資産と種類および耐用年数を同じくする資産を新たに取得したものとして償却するとしています(No.2107/2026年10月時点)。建物が古くても短い年数で経費化できるとは限りませんので、どの耐用年数になるかは税理士にご確認ください。

Q3. 鉄筋コンクリートの事務所ビルの耐用年数は何年ですか

国税庁の耐用年数表では、鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造の事務所用は50年とされています(主な減価償却資産の耐用年数表/2026年10月時点)。構造や用途で年数が異なりますので、ご自身の建物の区分は税理士にご確認ください。

Q4. 売る前に直した費用は売却の経費になりますか

国税庁は、修繕費など資産の維持や管理のためにかかった費用は譲渡費用にならないとしています(No.3255/2026年10月時点)。資本的支出に当たる部分は取得費に含まれる余地がありますが、償却した分は差し引かれます。扱いは税理士にご相談ください。

Q5. 直して売れば修繕費の分だけ高く売れますか

そうとは限りません。買主が取り壊す前提なら修繕はほとんど価格に反映されず、自分の用途に合わせて改装する前提なら売主の修繕と重複します。工事の前に、想定する買主の使い方を業者に確認してから判断してください。

Q6. 回収年数はどう計算すればよいですか

修繕費の総額を、修繕によって増える手取りの年額で割ると目安が出ます。増える手取りは、直した場合と直さなかった場合の賃料の差から、税金の影響を反映して求めます。この年数が持ち続けるつもりの年数より長いかどうかが分かれ目になります。

Q7. 直さずに持ち続けるのは損ですか

直さなければ設備の故障や退去で賃料が落ちていく可能性があります。「今のまま」の賃料が将来も続く前提で比べると、修繕の効果を小さく見積もってしまいます。直さなかった場合の賃料の推移も同じ年数で見積もって比べてください。

Q8. テナントがいるまま工事はできますか

工事の内容によっては可能ですが、営業への影響や工事期間中の賃料の扱いでテナントとの調整が必要になることがあります。賃貸借契約上の修繕義務の所在や、一時的な退去を求められるかどうかは、工事の前に弁護士に契約書を見てもらってください。

Q9. 修繕した年の税金はどうなりますか

国税庁は、不動産所得の必要経費になる主なものとして固定資産税、損害保険料、減価償却費、修繕費を挙げています(No.1370/2026年10月時点)。修繕費として扱えた部分はその年の経費になり、資本的支出は償却を通じて少しずつ経費になります。年ごとの見込みは税理士にご相談ください。

Q10. 試算はどこから始めればよいですか

修繕の見積書と、現況での売却の査定の二つを手に入れるところからです。見積書は工事項目ごとに分けてもらい、税理士に修繕費と資本的支出の判定を依頼します。そのうえで本文の試算シートを埋めると、3本の比較が一枚にまとまります。

まとめ

築古ビルの修繕投資と売却を比べるときは、「今売る」「直して持つ」「直して売る」の3本を、手元に残る金額と回収にかかる年数で並べます。二択で考えると、直してから売るという道や、直さなかった場合に賃料が落ちていく可能性を見落とします。

試算の前提になるのが修繕費の行き先です。国税庁は修繕費と資本的支出を実質で判定するとし、資本的支出は元の資産と種類および耐用年数を同じくする資産を新たに取得したものとして償却するとしています。建物が古くても、大型工事の費用がすぐに経費になるとは限りません。そして売る直前の修繕費は譲渡費用にならず、資本的支出の部分が取得費に残るだけです。

最大の分かれ目は、修繕費の回収年数と、自分が持ち続けるつもりの年数の関係です。見積書を工事項目ごとに分けてもらい、税理士に判定と試算を、弁護士に工事とテナントの調整を確認する。そのうえで試算シートを埋めれば、勘ではなく数字で選べるようになります。

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