築古事業用ビルの「空室の階」を売却前にどうするか
築古ビルに空室の階があるとき、売却前に何をすべきですか?
選択肢は4つです。①空室のまま整えて売る、②先にテナントを入れてから売る、③原状回復や改装をしてから売る、④別の用途で使える可能性を示して売る。どれが合うかは、想定する買主が「賃料収入を重視する投資家」か「自分で使いたい事業者」かで変わります。先にテナントを入れると、その賃貸借契約は買主に引き継がれるため、条件次第で評価が下がることもあります。改装費は修繕費か資本的支出かで税務の扱いが分かれ、譲渡費用にはならないのが原則です。動く前に税理士と弁護士に確認しておくと安心です。
築年数の経ったビルを売ろうと考えたとき、多くの売主が気にするのが「空いている階」です。3階が2年近く空いたまま、4階は前のテナントが出てから手つかず。このまま売ると安く見られるのではないか、先に埋めたほうがよいのではないか。迷っているうちに時間だけが過ぎていきます。
結論から言えば、空室は一概に不利な材料とはいえません。買主によっては、空室があること自体が魅力になる場合もあります。大切なのは、空室を「どう見せるか」を、想定する買主に合わせて選ぶことです。
この記事では、築古事業用ビルの空室の階について、売却前に売主が取れる4つの選択肢と、それぞれの税務・法務上の注意点を整理します。個別の判断は専門家にご確認いただく前提でお読みください。
空室の階は買主にどう見えるか
ポイントは3個:
- 投資目的の買主は、空室を「今の収入が少ない」と見やすい
- 自分で使いたい買主は、空室を「すぐ使える場所」と見ることがある
- 空室の理由が説明できるかどうかで、印象が大きく変わる
空室の階をどうするかを決める前に、買主の目線を考えてみます。築古の事業用ビルの買主は、大きく2つのタイプに分かれます。1つは賃料収入を重視する投資目的の買主、もう1つは自社の事務所や店舗として使いたい事業者です。
投資目的の買主は、今の賃料収入をもとに価格を考えます。空室があれば、そのぶん収入が少なく、埋めるまでの手間と費用もかかると見るため、価格の評価は慎重になりがちです。一方、自分で使いたい事業者にとっては、空室の階はテナントの退去を待たずにすぐ使える場所です。全館が埋まっているビルより、空室のあるビルのほうが検討しやすいこともあります。
どちらの買主にとっても気になるのは、空室の理由です。エレベーターがない、空調が古い、雨漏りの跡がある、周辺の需要が落ちている。理由によって、買主が見込む費用や手間はまったく違います。「なぜ空いているのか」を売主が説明できるかどうかが、空室の印象を大きく左右します。建物の不具合が理由であれば、その事実をどう伝えるかは弁護士とも相談しておきましょう。
選択肢1:空室のまま整えて売る
ポイントは3個:
- 費用と時間をかけずに売り出せる
- 清掃、残置物の撤去、設備の動作確認など「見られる状態」にはしておく
- 自分で使いたい買主を想定するなら、むしろ有利になることがある
1つ目は、空室のまま売り出す方法です。費用も時間も最も少なく済み、売却の時期を優先したい売主に向いています。自分で使いたい買主を想定する場合は、空室であることがそのまま強みになります。
ただし、「何もしない」ことと「空室のまま売る」ことは違います。前のテナントの残置物が残っている、照明がつかない、床にほこりが積もっている。こうした状態では、内見した買主は実際より大きな費用を想像してしまいます。清掃、残置物の撤去、電気・空調・給排水の動作確認までは済ませ、「見られる状態」にしておくことが大切です。
あわせて、空室の階の図面、前のテナントの業種と入居期間、退去の理由が分かる範囲の情報をまとめておくと、買主は使い方を考えやすくなります。設備の不具合が分かっている場合は、それも整理して業者に伝えておきましょう。残置物に前のテナントの所有物が含まれている場合、処分してよいかどうかは賃貸借契約の内容によるため、弁護士に確認してから動くのが安全です。
選択肢2:先にテナントを入れてから売る
ポイントは4個:
- 投資目的の買主には、賃料収入の実績が評価の材料になる
- 新しい賃貸借契約は、売却後に買主へ引き継がれる
- 賃料を下げて急いで埋めると、かえって評価が下がることがある
- 募集から入居まで時間がかかり、売却の時期が延びる
2つ目は、売り出す前にテナントを募集し、空室を埋めてから売る方法です。投資目的の買主を想定する場合、賃料収入の実績があることは評価の材料になります。満室に近い状態で売り出せれば、買主の層も広がります。
ただし、注意したい点があります。民法には、賃貸物である不動産が譲渡されたときに賃貸人の地位が譲受人に移転し、敷金の返還に関する債務も譲受人に引き継がれる旨の定めがあります(参考:e-Gov法令検索 民法 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/2026年10月時点)。つまり、売る直前に結んだ賃貸借契約の条件は、そのまま買主が引き継ぐことになります。早く埋めるために賃料を相場より大きく下げたり、長いフリーレントを付けたりすると、買主はその条件を前提に価格を考えます。
契約の形と、自分で使いたい買主への影響
もう一つの注意点は、自分で使いたい買主を遠ざけてしまう可能性です。空室を埋めれば、その買主にとっては「すぐ使える場所」がなくなります。テナントに退去してもらうには、借地借家法のもとでの手続きと交渉が必要になり、簡単ではありません(参考:e-Gov法令検索 借地借家法 https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090/2026年10月時点)。
売却を前提にテナントを募集する場合は、契約の期間や更新の扱い、中途解約の条件などをどう定めるかが重要です。どのような契約の形が選べ、それが売却にどう影響するかは、募集を始める前に弁護士に相談してください。また、募集のために支払う広告費や仲介の手数料、フリーレント期間の扱いは、売った年の不動産所得の計算にも関わりますので、税理士にも確認しておきましょう。
選択肢3:原状回復や改装をしてから売る
ポイントは4個:
- 改装費をかけても、その分だけ価格が上がるとは限らない
- 支出は「修繕費」と「資本的支出」で税務の扱いが分かれる
- 資産の価値を高める改良費は、取得費に含まれる
- 修繕費は譲渡費用には含まれない
3つ目は、空室の階を原状回復したり、改装したりしてから売る方法です。内装が見違えれば、内見の印象は良くなります。ただし、改装にかけた費用の分だけ価格が上がるとは限りません。買主が自分の好みで改装し直したい場合、売主の改装は評価されないこともあります。
税務の扱いにも注意が必要です。国税庁は、修理や改良などの支出について、20万円未満のものやおおむね3年以内の周期で行われるものは修繕費として扱えるなどの判断の目安を示し、資産の価値を高めたり使用可能期間を延ばしたりする部分は資本的支出になるとしています(出典:国税庁「No.1379 修繕費とならないものの判定」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1379.htm/2026年10月時点)。資本的支出は、本体と種類・耐用年数を同じくする資産を新たに取得したものとして減価償却するとされています(出典:国税庁「No.2107 資本的支出と修繕費」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2107.htm/2026年10月時点)。
売却のときの扱い
売却の計算では、国税庁は取得費に購入代金のほか設備費や改良費も含まれるとしています(出典:国税庁「No.3252 取得費となるもの」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3252.htm/2026年10月時点)。一方で、譲渡費用には修繕費や固定資産税など資産の維持・管理のための費用は含まれないとされています(出典:国税庁「No.3255 譲渡費用となるもの」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3255.htm/2026年10月時点)。
つまり、売却前の改装費は「売るためにかかった費用」として売却代金から差し引くものではなく、内容によって不動産所得の必要経費になるか、資産の取得費の一部として扱われるかが分かれます。同じ金額をかけても、どちらに当たるかで売った年の税金が変わり得るのです。工事を発注する前に、見積書を持って税理士に相談してください。工事の内容によっては、築古の建物ならではの調査が必要になることもあるため、施工業者や建築士にも事前に確認しておきましょう。
選択肢4:別の用途で使える可能性を示して売る
ポイントは3個:
- 事務所の需要が弱い場所でも、別の用途なら需要があることがある
- 令和元年の建築基準法改正で、200㎡以下の他用途への転用は確認申請が不要になった
- 確認申請が不要でも、基準への適合は別に必要
4つ目は、売主自身は工事をせず、「この階は別の用途でも使える」という可能性を資料で示す方法です。事務所としての需要が弱い場所でも、教室、店舗、倉庫、住まいなど、別の用途なら需要があることがあります。空室の理由が「事務所の需要が落ちたこと」であれば、特に検討したい選択肢です。
用途を変えるときの手続きについて、国土交通省は、令和元年6月25日に施行された改正建築基準法で、200㎡以下の建築物を他の用途に転用する場合に確認申請を不要としたことを公表しています(出典:国土交通省 報道発表資料 https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000789.html/2026年10月時点)。ただし、確認申請が不要になっても、用途地域や防火などの基準に適合させる必要がなくなるわけではありません。どの用途に何ができるかの目安は、国土交通省の用途地域の説明でも確認できます(出典:国土交通省「用途地域」 https://www.mlit.go.jp/crd/city/plan/03_mati/04/index.htm/2026年10月時点)。
検査済証が見当たらない築古ビルでは、用途を変える検討の前提として建物の現況を確かめる必要が出てくることがあります。国土交通省は既存建築物の現況調査ガイドラインを公表しており、令和8年9月に第5版が示されています(出典:国土交通省「既存建築物の現況調査ガイドライン」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/content/002021290.pdf/2026年10月時点)。「できる」と書くのは、建築士に確認してもらった範囲までにしておくのが安全です。表示の仕方に迷う場合は、弁護士にも一度見てもらいましょう。
4つの選択肢をどう選ぶか
ポイントは3個:
- 想定する買主のタイプを先に決める
- 費用、時間、売却後に残る影響の3つで比べる
- 複数の選択肢を組み合わせることもできる
4つの選択肢は、費用、時間、売却後に残る影響がそれぞれ違います。最初に決めたいのは、想定する買主のタイプです。業者に査定を依頼する際、「この物件はどんな買主が検討しそうか」を尋ねてみてください。そのうえで、下の表を目安に比べてみましょう。
| 選択肢 | 向いている買主 | 費用・時間 | 主な相談先 |
|---|---|---|---|
| 1. 空室のまま整える | 自分で使いたい事業者 | 小・短い | 業者、弁護士(残置物) |
| 2. 先にテナントを入れる | 投資目的の買主 | 中・長い | 弁護士、税理士 |
| 3. 原状回復・改装する | 内装を重視する買主 | 大・中程度 | 税理士、施工業者 |
| 4. 用途の可能性を示す | 別の用途を考える買主 | 小〜中・調査の分 | 建築士、弁護士 |
実際には、組み合わせて使うことも多くあります。たとえば、空室のまま清掃と設備確認だけを済ませ(選択肢1)、別の用途の可能性を資料で示しながら(選択肢4)売り出し、投資目的の買主からの反応が強ければテナント募集を検討する(選択肢2)、という進め方です。最初から大きな費用をかけず、反応を見ながら次の手を選ぶほうが、築古ビルでは失敗が少なくなります。
反応の確かめ方として、国土交通省の標準媒介契約約款では、専任媒介契約で2週間に1回以上、専属専任媒介契約で1週間に1回以上、業務の処理状況を報告することとされています(出典:国土交通省 標準媒介契約約款 https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001723420.pdf/2026年10月時点)。問い合わせが投資目的か自己使用目的か、空室についてどんな質問が出たかを報告の中で尋ねておくと、次の判断に役立ちます。
税務・法務の確認をあわせて進めるために
空室の階への対応は、いったん動き出すと元に戻しにくいものです。テナントと契約すれば買主に引き継がれ、工事をすれば費用の扱いが決まります。どの選択肢を取るにしても、動く前に税務と法務の両面で確認しておくと安心です。
税務面で税理士に確認したい主な事項は、改装や原状回復の費用が修繕費と資本的支出のどちらに当たるか、資本的支出の減価償却と売却時の取得費への影響、テナント募集の広告費やフリーレントの扱い、空室期間中の経費と売った年の不動産所得、売却時の譲渡所得と手取りの試算などです。
法務面で弁護士に確認したい主な事項は、売却を前提にした賃貸借契約の期間・更新・中途解約の定め方、賃貸人の地位と敷金の引継ぎ、前のテナントの残置物の扱い、空室の理由となった不具合の告知の範囲、用途の可能性を販売資料に書くときの表現などです。
建物の状態や用途の可能性については建築士、工事の内容については施工業者とも連携しながら、確かめた事実をもとに選択肢を組み立てていきましょう。
よくある質問
Q1. 空室があると売れにくくなりますか
投資目的の買主は慎重に評価しがちですが、自分で使いたい事業者にとっては、空室がすぐ使える場所として魅力になることがあります。想定する買主によって、空室の見え方は変わります。
Q2. 空室のまま売るとき、最低限やっておくことは何ですか
清掃、残置物の撤去、電気・空調・給排水の動作確認です。図面と、前のテナントの業種や入居期間をまとめておくと、買主が使い方を考えやすくなります。
Q3. 前のテナントの残置物は処分してよいですか
前のテナントの所有物が含まれている場合、処分してよいかどうかは賃貸借契約や退去時の取り決めの内容によります。処分する前に弁護士に確認してください。
Q4. 売る前に空室を埋めたほうが高く売れますか
投資目的の買主には賃料収入の実績が評価材料になります。ただし賃料を大きく下げて埋めると、その条件を前提に価格が考えられます。新しい契約は買主に引き継がれるため、条件の定め方は弁護士に相談してください。
Q5. 売却前の改装費は売却代金から差し引けますか
国税庁は、修繕費など資産の維持・管理のための費用は譲渡費用に含まれないとしています(No.3255/2026年10月時点)。内容によって必要経費か取得費の一部かに分かれますので、税理士にご確認ください。
Q6. 修繕費と資本的支出はどう分かれますか
国税庁は、20万円未満のものやおおむね3年以内の周期で行われるものは修繕費として扱えるなどの目安を示し、価値を高めたり使用可能期間を延ばしたりする部分は資本的支出になるとしています(No.1379/2026年10月時点)。
Q7. 事務所の空室を別の用途で売り出せますか
可能性を示すことはできます。国土交通省は、令和元年6月25日施行の改正建築基準法で200㎡以下の他用途への転用は確認申請が不要になったとしています(国土交通省/2026年10月時点)。基準への適合は別に必要なため、建築士に確認してください。
Q8. 検査済証が見つからない場合はどうなりますか
用途の変更などを検討する前提として、建物の現況を確かめる必要が出てくることがあります。国土交通省の既存建築物の現況調査ガイドライン(令和8年9月 第5版)が参考になります(国土交通省/2026年10月時点)。
Q9. 空室の理由が建物の不具合の場合はどうすればよいですか
知っている事実は業者に伝え、告知事項に反映してもらうことをおすすめします。直してから売るか、伝えたうえで現状のまま売るかは、費用と価格への影響を比べて決めます。告知の範囲は弁護士にご相談ください。
Q10. どの選択肢から始めればよいですか
大きな費用をかけずに済む「空室のまま整える」と「用途の可能性を示す」から始め、業者の報告で買主の反応を見ながら次の手を選ぶ進め方が、築古ビルでは失敗が少なくなります。
まとめ
築古事業用ビルの空室の階は、一概に売却の不利な材料とはいえません。投資目的の買主には収入の少なさに見え、自分で使いたい事業者にはすぐ使える場所に見えます。まず想定する買主を決め、空室の理由を説明できるようにしておくことが出発点です。
売主が取れる選択肢は、空室のまま整える、先にテナントを入れる、原状回復や改装をする、別の用途の可能性を示すの4つです。テナントを入れれば契約は買主に引き継がれ、改装すれば費用の税務上の扱いが分かれます。どちらも動く前の確認が欠かせません。
最初から大きな費用をかけず、反応を見ながら次の手を選ぶ。そして、契約の形は弁護士に、費用の扱いは税理士に確かめる。空室の階をどう見せるかを丁寧に考えることが、築古ビルの売却を前に進める鍵になります。
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