生前に不動産を売って現金化する|相続対策としての売主の判断 事業用不動産

QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い

事業用不動産を生前に売って現金にしておくことは、相続対策として合理的なのでしょうか。

相続税の計算では、土地は路線価方式などで、家屋は固定資産税評価額で評価され、賃貸中であればさらに調整が入ります。現金化するとこうした評価の仕組みから外れるため、相続税だけを見れば不利に働く場面があります。一方で、分割のしやすさや納税資金の確保、管理負担の解消という効果もあります。税額と実務の両面を並べ、税理士・弁護士に確認しながら決めることが目安となります。

区分店舗や築古のテナントビルを持ち続けるか、元気なうちに売って現金にしておくか。事業用不動産を保有していると、どこかの時点でこの問いに向き合うことになります。

よく語られるのは「不動産のまま持っていたほうが相続税は少なくなる」という説明です。これは評価の仕組みから見ればおおむね当たっていますが、相続税だけが判断材料ではありません。分けにくい財産を残すことで別の問題が生じることもあります。

この記事では、国税庁が公開している評価と課税の仕組みをもとに、生前売却を検討するときに並べておきたい論点を整理します。制度や数値は2026年9月時点の内容であり、個別の判断は税理士・弁護士などの専門家への相談を前提としてお読みください。

まず押さえる前提──不動産と現金では評価の仕方が違う

ポイントは3個:
① 土地は路線価方式または倍率方式で、家屋は固定資産税評価額で評価される
② 賃貸されている土地や家屋は、権利関係に応じて評価額が調整される
③ 事業用や居住用の宅地等には、評価額を減額する相続税の特例がある

土地と家屋の評価方法

相続税を計算するとき、土地は原則として地目ごとに評価し、その方法には路線価方式と倍率方式があります。倍率方式は路線価が定められていない地域で用いられ、固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて計算します。家屋は固定資産税評価額に1.0倍して評価するため、評価額は固定資産税評価額と同じになります。(出典:国税庁 タックスアンサー No.4602 土地家屋の評価)

現金や預貯金にはこうした評価方法がなく、金額がそのまま課税価格の計算の基礎になります。同じ経済価値でも、持ち方によって相続税の計算上の扱いが変わるというのが出発点です。

賃貸中の不動産に入る調整

賃貸されている土地や家屋については、権利関係に応じて評価額が調整されることになっています。貸家建付地については、自用地としての価額から、借地権割合・借家権割合・賃貸割合を用いて計算した金額を控除して評価する算式が定められています。(出典:国税庁 No.4614 貸家建付地の評価)テナントが入っている店舗ビルなどでは、この調整が効いてくる場面があります。

小規模宅地等の特例

相続した宅地等が事業の用や居住の用として使われている場合には、限度面積までの部分について評価額の一定割合を減額する特例があります。区分に応じて、相続税の申告期限まで事業を継続していることや宅地等を保有していることといった要件が定められています。(出典:国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例))

生前に売却すれば、これらの評価の仕組みや特例の対象からは外れます。相続税の観点だけを取り出せば不利に働く可能性がある、という点は最初に理解しておきたいところです。どの程度の差になるかは物件と家族構成によって変わるため、税理士に両方のパターンで試算してもらうのが確実です。

それでも生前売却が検討される理由

ポイントは3個:
① 不動産は分けにくく、共有にすると後の処分が難しくなりやすい
② 相続税の納税資金を、不動産のままでは用意しにくい場合がある
③ 修繕や空室の見通しは、引き継ぐ側の負担にもなる

分けにくさという問題

現金は金額で分けられますが、一棟のビルや区分店舗は簡単に分割できません。共有にすれば形式上は分けられますが、その後に売る場面では共有者全員の関与が必要になり、意見が割れれば動かなくなります。相続人が複数いる場合、遺言や分割の設計を含めて弁護士に相談しておくと、選べる方法が具体的になります。

また、民法には遺留分に関する定めがあり、特定の相続人に不動産を集中させる内容の遺言が、後に金銭の請求という形で争いにつながることもあります(民法第1042条ほか/e-Gov法令検索「民法」)。分けやすい形にしておくこと自体に意味がある、という考え方はここから来ています。

納税資金をどう用意するか

相続税は原則として金銭で納めます。課税価格の合計額から差し引く遺産に係る基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」とされており、これを超える部分に対して税額が計算されます。(出典:国税庁 No.4152 相続税の計算/No.4155 相続税の税率)

財産の大半が不動産という状態では、納税のために相続後に慌てて売ることになりかねません。買い手を選ぶ余裕がないまま売れば、条件が不利になる可能性もあります。生前に一部を現金化しておく判断は、この局面を避けるためのものでもあります。必要な納税資金の目安は税理士に試算を依頼してください。

引き継ぐ側の負担

築年数の経った事業用不動産では、設備更新や外壁の修繕、テナントの入替えといった判断が続きます。引き継ぐ人にその経験や関心がない場合、保有の継続が負担になることもあります。建物の状態や今後必要になる工事の見通しは、建築士や設備業者に確認しておくと、判断材料が具体的になります。

相続後に売る場合は期限に追われやすい

相続してから売るという選択もありますが、その場合はいくつかの期限が同時に動きます。相続税額のうち一定の金額を取得費に加算できる特例は、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していることが要件とされています。(出典:国税庁 No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)

さらに、遺産分割がまとまり、相続登記を済ませてからでなければ売買は進みません。相続(遺言を含む)により不動産の所有権を取得した相続人は、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられています(不動産登記法第76条の2第1項)。(出典:法務省「相続登記の申請義務化について」)生前であれば、こうした手続きを経ずに自分の判断で売却時期を決められます。

動けるうちに決められるということ

売買契約は、当事者に判断能力があることを前提とした行為です。年齢や健康状態によっては、売りたいと思った時点で手続きを進められない場合もあります。将来に備えた制度の利用も含め、どの段階でどう対応するかを弁護士に整理してもらっておくと、家族が困る場面を減らしやすくなります。

生前に売ると、誰にどの税金がかかるのか

ポイントは3個:
① 譲渡所得に対する税は、売った本人が翌年の確定申告で納める
② 事業用建物の譲渡は消費税の課税対象となり得る
③ 買換えを予定するなら、課税の繰延べができる特例もある

譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算し、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものを長期、5年以下のものを短期として区分されます。(出典:国税庁 No.3202)税率の基礎は長期が所得税15%・住民税5%、短期が所得税30%・住民税9%で、これに復興特別所得税をあわせて申告・納付します。(出典:No.3208/No.3211)

事業に使用していた建物や店舗賃貸用の建物を売却した場合は消費税の課税の対象になるとされる一方、土地の譲渡は非課税取引とされています。(出典:国税庁 No.3240/No.6201)仲介手数料や売主が負担した印紙税は譲渡費用の主なものとして挙げられています。(出典:No.3255)

なお、売却して別の事業用資産を取得する予定があるなら、事業の用に供している特定の地域内の土地建物等を譲渡し、一定期間内に買換資産を取得して1年以内に事業の用に供したときに、譲渡益の一部に対する課税を将来に繰り延べられる特例があります。(出典:国税庁 No.3405 事業用の資産を買い換えたときの特例)非課税ではなく繰延べであり、届出などの手続きにも期限があるため、実行の前に税理士へ相談しておく必要があります。

現金化した後に残る論点

ポイントは3個:
① 現金はそのままの金額が課税価格の計算の基礎になる
② 売却で得た資金の置き場所によって、相続時の扱いが変わる場合がある
③ 現金化は出発点であり、その後の設計まで含めて考える

売って現金にすれば、それで完了というわけではありません。相続税は、各人が取得した財産に一定の加算をしたうえで課税価格を計算し、その合計額から基礎控除額を差し引いた課税遺産総額をもとに総額を求める仕組みになっています。(出典:前掲・国税庁 No.4152)現金や預貯金は評価の調整が入らないため、そのままの金額が計算の基礎になります。

そのため、現金化したあとに資金をどう持つかという設計が次の論点になります。別の事業用資産に組み替えるのか、生活資金として確保しておくのか、家族への移転を段階的に行うのか。いずれも税務上の取扱いが異なり、要件も細かく定められています。実行の前に税理士に相談し、あわせて分け方の整合を弁護士に確認しておくと、全体として矛盾のない形になります。

また、売却してすぐに次の物件を取得する予定があるなら、前述の買換えの特例が使えるかどうかで手元に残る資金が変わります。組み替えを前提とするなら、売却の前に要件を確認しておく順序が現実的です。

3つの選択肢を並べて比べる

ポイントは2個:
① 「持ち続ける」「生前に売る」「相続後に売る」で論点が変わる
② 税額だけでなく、分割・納税資金・時間の余裕も並べて比べる
選択肢 主な特徴 注意したい点
持ち続ける 評価の仕組みや特例の対象になり得る 分割の難しさ、納税資金、管理の継続
生前に売る 分けやすくなり、売却条件を自分で決められる 譲渡所得税の負担、評価の仕組みから外れる
相続後に売る 相続時の評価の仕組みを使いつつ現金化できる 遺産分割と登記が前提、期限に追われやすい

この表は優劣を示すものではありません。相続人の人数と関係性、財産に占める不動産の割合、物件の収益性と修繕の見通しによって、答えは入れ替わります。数字の比較は税理士に、分割と遺言の設計は弁護士に依頼し、両方の結果を並べたうえで決める流れが現実的です。

検討から実行までの進め方

ポイントは2個:
① 財産の全体像を把握してから、個別の物件の扱いを決める
② 判断能力が十分なうちに動くことが前提になる
  • STEP1|財産の一覧をつくる
    不動産、預貯金、有価証券、借入金を書き出します。不動産の割合が高いほど、分割と納税資金の論点が大きくなります。
  • STEP2|相続税の概算を出す
    現状のまま相続が起きた場合の税額を税理士に試算してもらいます。これが比較の基準になります。
  • STEP3|売った場合の手取りを出す
    譲渡所得税や消費税を差し引いた後の金額を確認します。取得費の資料が残っているかどうかで結果が変わります。
  • STEP4|分割の形を決める
    誰に何を渡すのかを弁護士と整理し、遺言の要否を検討します。遺留分への配慮もこの段階で行います。
  • STEP5|売る物件を選ぶ
    収益性、修繕の見通し、分けにくさを基準に優先順位をつけます。一部だけを現金化する選択肢もあります。
  • STEP6|売却を実行し、申告する
    媒介契約から引渡しまでは数ヶ月かかります。翌年の確定申告まで含めて予定を組みます。
  • 【税務・法務に関する専門家相談のご案内】

    税理士(相続・不動産税務に詳しい方)
    現状のまま相続した場合と生前に売却した場合の比較試算、小規模宅地等の特例の適用可否、譲渡所得と消費税の見通し、事業用資産の買換えの特例の検討など。前提となる数字を揃える役割を担います。

    弁護士(相続・不動産に詳しい方)
    遺言の作成と内容の設計、遺留分への配慮、共有を避ける分割方法の検討、売買契約の条項確認など。分け方の設計は税務の前提にもなるため、税理士と並行して相談する形が有効です。

    建築士
    建物の現況把握、現行法令への適合状況の確認、今後必要になる工事の想定など。保有を続ける場合の負担を数字にする助けになります。

    設備業者
    空調・給排水・電気設備の劣化状況と更新費用の概算など。保有と売却を比べる際の材料になります。

    よくある質問(FAQ)

    ポイントは2個:
    ① 制度で決まっている部分と、家族の事情で変わる部分を分ける
    ② 比較の材料は数字で揃えてから判断する
    Q1. 不動産のまま持っていたほうが相続税は少なくなりますか。
    土地は路線価方式など、家屋は固定資産税評価額で評価され、賃貸中であれば権利関係に応じた調整も入ります。ただし物件や家族構成によって差は変わるため、試算して確認する必要があります。
    Q2. 生前に売ると譲渡所得税は誰が払いますか。
    売った本人が、譲渡した年の翌年に確定申告して納めます。納税資金を残しておく必要がある点に注意してください。
    Q3. 小規模宅地等の特例は売ると使えなくなりますか。
    相続の時点で対象となる宅地等を保有していることが前提の制度です。生前に売却していればその宅地等は相続財産に含まれないため、対象にはなりません。
    Q4. 一部だけ売るという方法もありますか。
    複数の物件を持っている場合、分けにくいものや修繕負担の大きいものから順に現金化する考え方があります。優先順位のつけ方は税理士と相談して決めるとよいでしょう。
    Q5. 売らずに贈与する方法との違いは何ですか。
    贈与では贈与税の課税関係が生じ、相続時の取扱いにも影響します。制度の選択は要件が細かいため、税理士にご確認ください。
    Q6. 共有にして相続させるのは避けたほうがよいですか。
    共有そのものが問題というわけではありませんが、後で売る場面では全員の関与が必要になります。将来の処分まで見据えた設計について弁護士にご相談ください。
    Q7. 売却代金で別の物件を買えば税金は先送りできますか。
    事業用資産の買換えの特例では、一定の要件のもとで譲渡益の一部に対する課税を将来に繰り延べられるとされています。非課税ではない点と、手続きの期限がある点に注意が必要です。
    Q8. テナントが入っていても売れますか。
    賃貸借契約を承継する形での売却は一般的に行われています。敷金の承継や条件の引継ぎについては、契約設計の段階で弁護士に確認しておくと整理しやすくなります。
    Q9. 判断能力が衰えてからでは売却できませんか。
    意思能力の有無は契約の効力に関わる論点です。将来に備えた制度の利用も含め、早い段階で弁護士に相談しておくと選択肢が広がります。
    Q10. どの順番で専門家に相談すればよいですか。
    まず税理士に現状の相続税と売却時の手取りを試算してもらい、その数字をもとに分割の設計を弁護士と詰める流れが一般的です。物件の状態は建築士や設備業者に確認します。

    まとめ

    ポイントは3個:
    ① 相続税の評価だけを見れば、不動産のまま持つほうが有利に働く場面がある
    ② 分割のしやすさ、納税資金、管理負担という別の軸がある
    ③ 数字と分け方の両方を揃えてから判断する

    生前売却は、相続税を減らすための手段というより、財産の形を整えるための選択です。評価の仕組みを手放す代わりに、分けやすさと自分で条件を決められる時間を得る。その交換が自分の状況に合うかどうかが判断の軸になります。

    大切なのは、税額の比較だけで決めないことです。相続人が何人いて、その中に不動産を引き継ぐ意思と体力のある人がいるのか。ここが曖昧なまま数字だけを並べても、実際の場面では機能しません。

    現状のまま相続した場合の税額は税理士に、分け方と遺言の設計は弁護士に。この二つを早めに手配し、物件の状態は建築士や設備業者に見てもらう。時間に余裕があるうちに動けることが、生前に検討する最大の価値といえます。

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