事業用不動産を相続することになった人が最初にやるべき5つのこと
テナントの入った不動産を相続したら、何から手を付ければよいのですか?
期限の早い順に動くのが答えです。相続放棄や限定承認は相続の開始を知ったときから3か月以内、亡くなった方の所得税の準確定申告は4か月以内、相続税の申告と納税は10か月以内、相続登記は所有権の取得を知った日から3年以内です。事業用不動産は賃料収入とテナントとの契約が動き続けるため、この期限の列に「賃料と契約を止めない」という作業が加わります。売るか持つかの判断は、取得費加算の特例の期限である3年10か月を意識して進めてください。税理士と弁護士には早い段階で当たるのが安全です。
親がテナントビルや区分店舗を持っていた。その親が亡くなり、気持ちの整理もつかないうちに、管理会社から「今月の賃料の振込先はどうしますか」と電話が来る。事業用不動産の相続は、こうして始まることが多いものです。
自宅の相続と違うのは、不動産が止まらずに動き続けていることです。賃料は入り、テナントからの連絡は来て、修繕の判断は待ってくれません。そこに相続の手続きの期限が重なります。
この記事では、事業用不動産を相続した人が最初の数か月で押さえるべき5つのことを、期限の早い順に整理します。個別の判断は専門家にご確認いただく前提で、何をいつまでにやるかの地図をお渡しします。
1. 3か月以内に「引き継ぐかどうか」を決める
ポイントは4個:
- 相続人は単純承認・相続放棄・限定承認の3つから選べる
- 放棄や限定承認の申述は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内
- 申述先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所
- 事業用不動産は借入金や敷金の返還義務も一緒に引き継ぐため、負債の確認が先になる
最初の期限はここです。裁判所は、相続が開始した場合に相続人が選べる選択肢として、権利も義務もすべて引き継ぐ単純承認、一切引き継がない相続放棄、相続で得た財産の範囲内でのみ債務を引き継ぐ限定承認の3つを挙げています。そして放棄の申述は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないとしています(出典:裁判所「相続の放棄の申述」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html/2026年10月時点)。申述先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所です。
事業用不動産では、この3か月の意味が重くなります。建物には借入金が残っていることがあり、テナントから預かった敷金の返還義務も付いてきます。賃料が入っているからといって、差し引きで資産が残るとは限りません。まず負債と義務を洗い出し、そのうえで引き継ぐかを判断するのが順番です。
3か月で確認する書類
短い期間ですから、集める書類を絞ります。登記事項証明書で所有者と抵当権の有無を見る。金融機関の残高証明で借入金の残りを押さえる。賃貸借契約書で賃料と敷金の額を確認する。管理会社があれば直近の収支報告を取り寄せる。この4点で、資産と負債の輪郭はほぼ見えます。
注意したいのは、相続財産を処分したり使ったりすると単純承認したとみなされる余地があることです。賃料をどう扱うかも含め、放棄や限定承認を検討する可能性があるなら、何かを動かす前に弁護士に相談してください。期限内に判断が付かない場合の期間の伸長についても、弁護士から説明を受けられます。
2. 賃料と契約を止めず、4か月以内に準確定申告をする
ポイントは4個:
- 亡くなった方の所得税の申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内
- 申告するのは相続人等で、相続人が2人以上なら連署か各自の提出で行う
- 提出先は被相続人の死亡当時の納税地の税務署
- 賃料は契約や慣習で支払日が定められている場合はその日に計上する
事業用不動産の相続で自宅の相続と大きく違うのが、この項目です。亡くなった方には賃料収入があり、その年の所得税の申告が残っています。国税庁は、納税者が死亡した場合の確定申告について、相続人等が相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に申告と納税をするとしています(出典:国税庁「No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2022.htm/2026年10月時点)。
同庁によると、相続人等が2人以上いる場合は連署で提出するか、他の相続人等の氏名を付記して各自が別々に提出でき、別々に提出した場合は申告した内容を他の相続人等に通知する必要があります。提出先は被相続人の死亡当時の納税地の税務署で、準確定申告書の付表を添付します。賃料収入の帳簿や過去の申告書が手元にないと作業が進みませんので、早めに探し始めてください。
亡くなった日の前後で賃料をどう分けるか
準確定申告では、どこまでが亡くなった方の収入で、どこからが相続人の収入かを分ける必要があります。国税庁は、地代・家賃・共益費について契約や慣習で支払日が決まっている場合はその日に計上するとし、決まっていない場合は実際に受け取った日としています(出典:国税庁「No.1376 不動産所得の収入計上時期」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1376.htm/2026年10月時点)。
同庁は、敷金や保証金は本来は預り金のため受け取った時点では収入にならず、返還を要しないことが確定した日に収入に計上するとも示しています。預かっている敷金は相続人が引き継ぐ返還義務であって、収入ではありません。この整理を誤ると申告がずれますので、計上の仕方は税理士に確認してください。
実務面では、賃料の振込先をどうするか、管理会社との契約をどう引き継ぐか、テナントへ何を伝えるかを早く決める必要があります。遺産分割が終わるまで誰が貸主かが固まらない期間が生じますので、その間の賃料の受け取り方と保管の仕方は、相続人の間で揉めないよう弁護士に相談して形を決めておくと安心です。
3. 10か月以内の相続税申告と、小規模宅地等の特例
ポイントは4個:
- 相続税の申告と納税は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内
- 提出先は被相続人の住所地を所轄する税務署で、納税の期限も同じ
- 小規模宅地等の特例は、自分で営業していた宅地等と貸していた宅地等で区分が違う
- 特例の要件には申告期限までの事業承継や保有継続が含まれる
国税庁は、相続税の申告と納税は遺産に係る基礎控除額を超える場合に必要であり、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行うとしています。提出先は被相続人の住所地を所轄する税務署で、納税もこの期限までに行うことになっています(出典:国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm/2026年10月時点)。延納や物納を希望する場合は、申告書の提出期限までに申請して許可を受ける必要があるとされています。
事業用不動産の相続でこの期限が重いのは、納税資金の手当てと特例の判断が同時に走るからです。不動産の評価額に対して現金が足りない場合、売却で資金を作るのか、延納を使うのかを10か月のうちに決めることになります。
自分で営業していたか、貸していたかで枠が違う
小規模宅地等の特例は、事業用不動産の相続で結果を大きく左右します。国税庁は、特定事業用宅地等を被相続人等の事業から不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業を除いたものとし、限度面積400平方メートル、減額割合80パーセントとしています。一方、貸付事業用宅地等は限度面積200平方メートル、減額割合50パーセントです(出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm/2026年10月時点)。
つまり亡くなった方が自分の店を営んでいたビルと、人に貸していたビルでは、評価減の枠が違うということです。さらに同庁は、取得した親族ごとに申告期限までの事業承継要件や保有継続要件を満たす必要があるとしています。申告期限より前に売ってしまうと、この要件を欠く場合があります。売却を急ぐ前に、特例の適用可否を税理士に確認してください。
4. 相続登記を3年以内に済ませる
ポイントは4個:
- 相続登記の申請は令和6年4月1日から義務化されている
- 期限は、相続で不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内
- 正当な理由なく申請を怠ると10万円以下の過料の対象になる
- 施行日より前の相続で未了のものも対象で、期限は令和9年3月31日まで
法務省によると、相続登記の申請は令和6年4月1日から義務化され、相続で不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に申請することが義務づけられています。正当な理由なく申請を怠った場合は10万円以下の過料の対象です(出典:法務省「相続登記の申請義務化について」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00599.html/2026年10月時点)。
見落としやすいのが過去の相続です。同省は、施行日より前に開始した相続で不動産を取得した場合も、相続登記が未了であれば対象となり、その期限は令和9年3月31日までとしています。親の代、祖父母の代の名義のまま残っているビルは、この期限が目前に迫っています。
登記は売却の前提でもある
義務だから、というだけではありません。相続登記が済んでいない不動産は売れません。買主に所有権を移すには、まず相続人の名義にする必要があります。売却を考えるなら、登記は最初の一手になります。
そして登記をするには遺産分割の内容が固まっていることが前提です。誰がどの持分で引き継ぐかは、将来売るときの税額にも影響します。たとえば建物を一人が、土地を複数人で分けるといった形は、後の売却で不利に働くことがあります。分割の形は弁護士に、税額への影響は税理士に、両方の目を通してから決めることをおすすめします。
5. 売るか持つかは「3年10か月」を意識して決める
ポイントは4個:
- 相続で取得した不動産を売ると、相続税額のうち一定の金額を取得費に加算できる特例がある
- この特例には適用期限があり、相続開始から3年10か月という時間軸で語られる
- 取得費と取得時期は被相続人から引き継ぐため、保有期間の判定は親の代から数える
- 急いで売る必要はないが、期限を知らずに過ごすのは避ける
最後の項目は、判断そのものです。相続した事業用不動産を持ち続けるか、売るか。すぐに決める必要はありませんが、知っておくべき期限があります。
国税庁は、相続で取得した不動産を売った場合に、相続税額のうち一定の金額を取得費に加算できる特例を示しています(出典:国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm/2026年10月時点)。この特例には適用の期限があり、相続税の申告期限から3年という区切りで整理されるため、相続開始から見ると3年10か月という時間軸になります。期限を過ぎてから売ると、使えたはずの加算が使えません。具体的な適用要件は税理士に確認してください。
取得費と保有期間は親の代から引き継ぐ
相続直後に売ると短期譲渡になるのではないか、と心配される方がいます。しかし国税庁は、相続や贈与で取得した土地・建物については被相続人や贈与者の取得費と取得時期を引き継ぐとしています(出典:国税庁「No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3270.htm/2026年10月時点)。親が長く持っていた建物なら、相続直後でも長期として扱われる余地があります。
一方で取得費も引き継ぎますから、親がいくらで買ったのか、償却がどこまで進んでいるのかを調べる必要があります。古い契約書や過去の確定申告書が手がかりです。資料が見つからないときの取扱いもありますが、不利になりやすいため、まず探すところから始めてください。
| 期限 | やること | 起算点 |
|---|---|---|
| 3か月 | 相続放棄・限定承認の申述 | 自己のために相続の開始があったことを知ったとき |
| 4か月 | 準確定申告 | 相続の開始があったことを知った日の翌日 |
| 10か月 | 相続税の申告と納税 | 被相続人が死亡したことを知った日の翌日 |
| 3年 | 相続登記の申請 | 相続で所有権を取得したことを知った日 |
| 3年10か月 | 取得費加算の特例を使った売却 | 相続税の申告期限から3年(相続開始から見た時間軸) |
この表の起算点はそれぞれ微妙に違います。「知った日」なのか「その翌日」なのか、何を知った日なのか。期限が迫っている場合はこの差が結果を分けますので、ご自身のケースでの数え方は税理士と弁護士に確認してください。
税務・法務の整理をあわせて進めるために
事業用不動産の相続は、期限が連なる税務の手続きと、テナントや共同相続人との関係という法務の論点が同時に走ります。どちらかを後回しにすると、もう片方が止まります。
税務面で税理士に確認したい主な事項は、準確定申告の内容と賃料の計上時期、相続税の申告の要否と評価額の見込み、小規模宅地等の特例の区分と要件、納税資金の手当てと延納の可否、取得費加算の特例の適用期限、引き継ぐ取得費と償却の履歴、青色申告や消費税に関する届出の要否、申告の添付書類などです。
法務面で弁護士に確認したい主な事項は、相続放棄や限定承認の可否と期間の伸長、遺産分割協議の進め方と分割の形、遺産分割が終わるまでの賃料の受け取りと保管、テナントへの通知と賃貸人の地位の整理、敷金返還債務の引継ぎ、相続登記の段取り、共有になった場合の管理と処分のルールなどです。
相談のタイミングは、3か月の期限が来る前が理想です。この時点で両方に当たっておけば、その後の期限は順に片付いていきます。
よくある質問
Q1. 賃料が入っているなら相続放棄は考えなくてよいですか
賃料があっても、借入金や敷金の返還義務を差し引くと資産が残らない場合があります。裁判所は、放棄の申述は自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内としています(相続の放棄の申述/2026年10月時点)。負債を確認してから判断し、迷う場合は弁護士にご相談ください。
Q2. 亡くなった親の分の確定申告はいつまでですか
国税庁は、相続人等が相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に申告と納税をするとしています(No.2022/2026年10月時点)。提出先は被相続人の死亡当時の納税地の税務署です。賃料収入の帳簿を早めに探し、税理士にご相談ください。
Q3. 相続人が複数いる場合、準確定申告は誰がしますか
同庁によると、相続人等が2人以上いる場合は連署で提出するか、他の相続人等の氏名を付記して各自が別々に提出できます。別々に提出した場合は、申告した内容を他の相続人等に通知する必要があります。進め方は税理士に整理してもらうと行き違いを避けられます。
Q4. 遺産分割が終わるまでの賃料はどうすればよいですか
誰が貸主かが固まらない期間の賃料の受け取りと保管は、相続人の間で揉めやすい部分です。国税庁は賃料を契約や慣習で定められた支払日に計上するとしていますが(No.1376/2026年10月時点)、誰の収入とするかは分割の内容にもかかわります。弁護士と税理士の双方にご確認ください。
Q5. 相続税の申告期限と納税の期限は同じですか
国税庁は、相続税の納税は申告期限までに行うとしており、申告期限は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です(No.4205/2026年10月時点)。延納や物納を希望する場合は提出期限までに申請が必要とされています。資金の見通しは税理士に早めにご相談ください。
Q6. 貸していたビルでも小規模宅地等の特例は使えますか
国税庁は、貸付事業用宅地等について限度面積200平方メートル、減額割合50パーセントとしています(No.4124/2026年10月時点)。自分で営業していた特定事業用宅地等は400平方メートル・80パーセントで、区分が異なります。要件の充足は税理士に判定してもらってください。
Q7. 相続税を払う前に売ってしまってもよいですか
小規模宅地等の特例には、取得した親族ごとに申告期限までの事業承継や保有継続の要件が含まれるとされています。申告期限前の売却は要件を欠く場合がありますので、納税資金のために売る場合でも、順番と時期は税理士に確認してから動いてください。
Q8. 祖父の名義のままのビルも登記が必要ですか
法務省は、令和6年4月1日の施行日より前に開始した相続で不動産を取得した場合も、相続登記が未了であれば義務化の対象となり、期限は令和9年3月31日までとしています(相続登記の申請義務化について/2026年10月時点)。相続人の確定から時間がかかりますので、早めに弁護士や司法書士にご相談ください。
Q9. 相続してすぐ売ると税率が高くなりますか
国税庁は、相続や贈与で取得した土地・建物については被相続人の取得費と取得時期を引き継ぐとしています(No.3270/2026年10月時点)。親が長く持っていたなら相続直後でも長期として扱われる余地があります。判定は税理士にご確認ください。
Q10. 売るか持つかはいつまでに決めればよいですか
急ぐ必要はありませんが、国税庁が示す取得費加算の特例には適用期限があります(No.3267/2026年10月時点)。相続開始から3年10か月という時間軸を一つの区切りとして、その前に方針を固めるのが現実的です。試算は税理士にご依頼ください。
まとめ
事業用不動産を相続した人が最初にやるべきことは、期限の早い順に並んでいます。3か月で引き継ぐかを決め、4か月で亡くなった方の準確定申告を済ませ、10か月で相続税の申告と納税を終え、3年以内に相続登記をし、3年10か月を区切りに売るか持つかを決める。この順番を知っているだけで、慌て方が変わります。
自宅の相続と違うのは、賃料とテナントとの契約が止まらずに動き続けることです。賃料の帰属、敷金の扱い、貸主が固まらない期間の受け取り方。こうした実務が期限の列に重なります。そして小規模宅地等の特例は、亡くなった方が自分で営業していたか貸していたかで枠が違い、申告期限までの要件もあります。
だからこそ、最初の3か月のうちに税理士と弁護士の両方に当たっておくことをおすすめします。書類をそろえ、負債を確認し、期限の数え方を確かめる。その土台ができていれば、売るにしても持つにしても、落ち着いて選べます。
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