築古ビルの「劣化・老朽化」を売主が告知する範囲の目安

QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い

築年数の経ったビルを売るとき、どこまでの劣化を伝えておく必要があるのでしょうか。

基準は「知っているかどうか」です。民法は、担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実については責任を免れないと定めています。つまり免責特約は、把握している不具合を隠すための道具にはなりません。修繕履歴や定期報告の指摘、テナントからの申告を棚卸しして、書面に落とす。この作業が実質的な備えになります。文言の設計は弁護士に相談するのが目安です。

築40年、50年という建物であれば、傷んでいない場所を探すほうが難しいものです。どこまで伝えれば足りるのか、迷うのは当然です。

ここで「現況有姿で免責にしておけば大丈夫」と考えると、思わぬところで足をすくわれます。法律は、知っていて言わなかったことについては特約があっても責任を免れないという構造をとっているためです。

この記事では、民法と宅地建物取引業法、国土交通省・環境省の公開情報をもとに、告知の範囲と書き方を整理します。制度や数値は2026年9月時点の内容であり、個別の判断は弁護士・税理士などの専門家への相談を前提としてお読みください。

範囲を決めるのは特約ではなく「知っていたか」

ポイントは3個:
① 担保責任を負わない旨の特約をしても、知りながら告げなかった事実については責任を免れない
② 買主は不適合を知った時から1年以内に通知する必要があるとされている
③ 業者が介在する取引では、重要な事項の不告知や不実告知が禁止されている

免責特約の限界

民法は、売主が担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実および自ら第三者のために設定し、または第三者に譲り渡した権利については、その責任を免れることができないと定めています(民法第572条)。(出典:e-Gov法令検索「民法」)

築古の売買では、契約不適合責任を免責とする特約が置かれることが一般的です。ただしそれは、売主が把握していない事象についてまで責任を追及されない、という趣旨のものです。知っていた雨漏りを伏せた、指摘を受けていた不具合を伝えなかった。こうした場合は、特約があっても議論が生じます。どの範囲まで免責が及ぶのかは条項の書き方にもよるため、契約前に弁護士に確認しておくのが安全です。

買主が通知できる期間

売主が種類または品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求および契約の解除をすることができないとされています。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、または重大な過失によって知らなかったときは、この限りでないとされています(同法第566条)。

ここでも「売主が知っていたかどうか」が分かれ目になっています。期間の定めがあるから安心、という構造にはなっていません。

業者が介在する場合

宅地建物取引業者は、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼす事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為が禁止されています(宅地建物取引業法第47条第1号)。(出典:e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」)売主が媒介業者に事実を伝えていなければ、業者も説明できません。結果として、買主への説明が欠けた状態で契約に至ることになります。まず媒介業者に対して正確に伝えることが、実務上の出発点です。

築古ビルで論点になりやすい項目

ポイントは2個:
① 建物本体だけでなく、設備と敷地周りも対象になる
② 「過去に起きたが直した」ことも記録として意味を持つ
分類 確認しておきたい事象
雨水・漏水 屋上や外壁からの雨漏り、上階からの漏水、その履歴と補修の内容
構造・外装 ひび割れ、鉄部の腐食、タイルの浮きや剥落、防水の更新時期
設備 給排水管の詰まりや漏れ、受変電設備、昇降機、空調の稼働状況
法令適合 定期報告での指摘事項、是正の状況、増改築の経緯
有害物質等 石綿含有が疑われる建材の有無、過去の調査結果
敷地・近隣 越境、境界の未確定、排水や騒音に関する近隣との経緯

「直したから伝えなくてよい」と考えがちですが、補修の履歴は買主にとって価値のある情報です。再発の可能性を見積もる材料になり、同時に手を入れてきた建物だという評価にもつながります。隠すより出すほうが有利に働く場面は少なくありません。

「知っていること」を記録から棚卸しする

ポイントは3個:
① 修繕の発注記録や保険の請求履歴は、把握していた事実の裏づけになる
② 定期報告制度の報告内容は、劣化の状況を示す資料になる
③ テナントからの申告も「知っていたこと」に含まれ得る

手元の書類から拾う

記憶に頼ると漏れます。過去の工事の見積書と請求書、管理会社からの報告、火災保険を使った修理の記録、テナントからの連絡メール。こうした資料を年代順に並べるだけで、何がいつ起きたのかが見えてきます。長く保有している建物ほど、この棚卸しの効果は大きくなります。

定期報告の内容を確認する

建築基準法第12条に定める定期報告制度は、建築物、建築設備(給排水設備、換気設備、排煙設備および非常用の照明装置)、防火設備および昇降機等について、所有者・管理者の義務として経年劣化などの状況を定期的に点検し、その結果を特定行政庁へ報告するものとされています。(出典:国土交通省「オンラインを活用した定期報告について」/同「建築基準法に基づく定期報告制度について」)

対象となる建築物の範囲や周期は特定行政庁の指定によるため、まず自分のビルが対象かどうかを窓口で確認してください。報告を行っているのであれば、その調査結果表には劣化の状況や指摘事項が記載されています。これは売主が把握している情報として扱われる性質のものであり、買主に渡す資料としても有用です。

将来の負担になる情報

築古ビルでは、買主が解体や大規模改修を想定していることがあります。建築物等を解体し、改造し、または補修する作業を伴う建設工事の元請業者または自主施工者は、石綿含有建材が使用されているかどうかを調査する必要があり、建築物を解体する作業を伴う建設工事で対象となる床面積の合計が80平方メートル以上のものなどについては、調査結果を都道府県等に報告する必要があるとされています。(出典:環境省「石綿事前調査結果の報告について」)

売主が過去に調査を行っていたり、使用建材に関する資料を持っていたりする場合、それは買主の計画に直結する情報です。逆に何も分からないのであれば「未調査である」と明示することに意味があります。分からないことを分からないと書くのは、不誠実ではなく正確な情報提供です。

物件状況報告書をどう書くか

ポイントは3個:
① 事象・時期・対応・現状の4点をセットで書く
② 「不明」は使ってよいが、調べずに書くのとは違う
③ 資料を添えると、記載の信頼性が上がる

「雨漏りあり」とだけ書かれていても、買主は判断できません。いつ、どこで、どの程度の事象が起き、どう対応し、現在はどうなっているのか。この4点を書けば、買主は改修の必要性と費用感を見積もれます。曖昧な記載は、かえって後日の争点を作ります。

把握していない事項については「不明」と記載して構いません。ただし、手元の資料を確認すれば分かることを調べずに「不明」とするのは別の話です。棚卸しを済ませたうえでなお分からない、という状態で書くことに意味があります。記載の粒度や表現は、免責条項との関係で評価が変わることもあるため、弁護士に確認しながら作ると安心です。

あわせて、修繕の請求書、定期報告の写し、図面、保険の記録といった資料を添えると、記載内容に裏づけができます。買主にとっては調査の手間が減り、売主にとっては「伝えた」という記録が残ります。双方にとって効率の良い進め方です。

免責特約と組み合わせて設計する

ポイントは2個:
① 開示した内容と免責の範囲は、一体で設計する
② 価格に反映させるという選択肢もある

告知と免責は対立するものではありません。むしろ、開示が丁寧なほど免責条項は機能しやすくなります。何を伝えたうえでの現況有姿なのかが明確であれば、後から「聞いていない」と言われる余地が狭まるためです。

実務では、不具合を修繕してから売る、修繕せずに価格へ反映する、買主が改修する前提で条件を調整する、といった形が選ばれます。どれが有利かは、工事費と価格への影響を比べて決める話です。修繕費の税務上の扱いも結果に影響するため、工事を発注する前に税理士に確認しておくと判断がぶれません。

税務の確認

ポイントは3個:
① 維持管理のための費用は譲渡費用にならない
② 建物の取得費は減価償却費相当額を差し引いた額になる
③ 事業用建物の譲渡は消費税の課税対象となり得る

譲渡費用の主なものとして、売るために支払った仲介手数料や売主が負担した印紙税などが挙げられる一方、修繕費や固定資産税など資産の維持や管理のためにかかった費用は譲渡費用になりません。(出典:国税庁 タックスアンサー No.3255 譲渡費用となるもの)売却前に不具合を直した場合、その費用がどう扱われるかは内容によって分かれます。修繕費として処理できるのか資本的支出になるのかという整理も必要になるため、発注前に税理士へ確認しておくと迷いがありません。

譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算し、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものを長期、5年以下のものを短期として区分されます。(出典:国税庁 No.3202/No.3208/No.3211)建物の取得費は、購入代金などの合計額から所有期間中の減価償却費相当額を差し引いた額になります。(出典:No.3261)また、事業に使用していた建物や店舗賃貸用の建物の譲渡は消費税の課税の対象になるとされる一方、土地の譲渡は非課税取引とされています。(出典:No.3240/No.6201)

【税務・法務に関する専門家相談のご案内】

弁護士(不動産取引に詳しい方)
契約不適合責任の範囲設定と免責条項の書き方、物件状況報告書の記載の粒度、開示内容と特約の整合、越境や境界に関する取決めなど。開示と免責は一体で設計する必要があるため、契約書の作成段階からの関与が有効です。

税理士(不動産税務に詳しい方)
売却前の修繕費の取扱い、修繕費と資本的支出の区分、取得費と減価償却の確認、消費税の納税義務の判定、直してから売る場合と価格に反映する場合の手取り比較など。工事を発注する前の相談が目安です。

建築士
現況の把握、現行法令への適合状況の確認、定期報告の指摘事項の整理、改修が必要な範囲の検討など。第三者の見立てがあると、記載内容に裏づけができます。

設備業者
受変電設備、給排水、空調、昇降機の状態確認と更新費用の概算。買主の質問に数字で答えられるようにします。

準備の手順

ポイントは2個:
① 売り出す前に棚卸しを終える
② 伝えた記録を残す
  • STEP1|資料を集める
    工事の記録、管理会社の報告、保険の請求履歴、テナントからの連絡を年代順に並べます。
  • STEP2|定期報告を確認する
    対象かどうかを窓口で確認し、報告している場合は調査結果表の指摘事項を整理します。
  • STEP3|現況を見てもらう
    建築士や設備業者に確認を依頼し、把握できていなかった劣化がないかを洗い出します。
  • STEP4|報告書に落とす
    事象・時期・対応・現状の4点で記載します。不明な項目はその旨を明示します。
  • STEP5|直すか反映するか決める
    修繕費と価格への影響を比べます。税務上の扱いは税理士に確認します。
  • STEP6|契約条項と整合させる
    開示内容と免責の範囲が矛盾しないかを弁護士に確認したうえで契約します。
  • よくある質問(FAQ)

    ポイントは2個:
    ① 条文で決まっている部分と、書き方で変わる部分を分ける
    ② 迷ったら書いておくほうが安全
    Q1. 現況有姿・免責にしておけば伝えなくてよいですか。
    担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実については責任を免れないとされています。免責は把握している不具合を伏せるための仕組みではありません。
    Q2. 過去に直した雨漏りも書くべきですか。
    補修の履歴は再発可能性を見積もる材料になり、手を入れてきた建物という評価にもつながります。時期・範囲・工事内容とあわせて記載するとよいでしょう。
    Q3. 築古なら劣化は当たり前では。
    経年による一般的な劣化と、個別に発生している不具合は区別されます。後者を把握しているなら、伝えておくのが安全です。線引きに迷う場合は弁護士にご相談ください。
    Q4. テナントから聞いた話も告知の対象ですか。
    申告を受けていれば、売主が把握していた事実として扱われ得ます。連絡の記録を確認し、対応の経緯とあわせて整理してください。
    Q5. 「不明」と書いてもよいですか。
    把握していない事項について不明と記載することは問題ありません。ただし、手元の資料を確認すれば分かることを調べずに不明とするのは避けてください。
    Q6. アスベストの調査をしていません。
    未調査であることを明示してください。解体や改修を伴う工事では事前調査が必要とされており、買主の計画に関わる情報になります。
    Q7. 定期報告をしていない場合はどうなりますか。
    対象建築物の範囲や周期は特定行政庁の指定によります。まず対象かどうかを窓口で確認し、状況を買主に説明できるよう整理してください。
    Q8. 伝えると値引きされそうで不安です。
    伏せても買主の調査で表に出ることが多く、その場合は交渉が振り出しに戻ります。先に開示して価格に織り込むほうが、条件を守りやすい傾向があります。
    Q9. 直してから売るほうがよいですか。
    工事費と価格への影響を比べて判断します。修繕費の税務上の扱いも結果に影響するため、発注前に税理士にご確認ください。
    Q10. 引渡し後に不具合を指摘されました。
    買主は不適合を知った時から1年以内に通知する必要があるとされていますが、売主が引渡しの時に知っていた場合などは扱いが異なります。個別の対応は弁護士にご相談ください。

    まとめ

    ポイントは3個:
    ① 免責特約は、知っている不具合を伏せる仕組みではない
    ② 記録を棚卸しして、事象・時期・対応・現状の4点で書く
    ③ 開示が丁寧なほど、免責条項は機能しやすくなる

    築古ビルの告知で迷うのは、どこまでが「劣化」でどこからが「不具合」なのか線が引きにくいからです。ただ、法律が見ているのは劣化の程度そのものより、売主が知っていたかどうかという点です。ここを軸にすれば、判断はずっと楽になります。

    記憶ではなく記録から棚卸しをして、書けることを書き、分からないことは分からないと書く。資料を添えて渡す。この作業は手間ですが、買主の調査を早め、価格の説明にもなります。

    記載の粒度と免責条項の整合は弁護士に、修繕するかどうかの判断と費用の扱いは税理士に。この二つを押さえておけば、引渡し後に蒸し返される展開は避けやすくなります。

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