築古ビルを「オーナーチェンジ」で売る売主のメリット・デメリット

QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い

テナントを入れたまま売るのは、売主にとって得なのですか?

強みと弱みがはっきり分かれます。強みは、引渡しまで賃料が入り続けること、築古でも収益から評価されるため建物に値が付きやすいこと、立退きや原状回復の費用をかけずに済むことです。弱みは、賃貸人の地位と敷金の返還に関する債務が買主に移るため契約の中身がそのまま価格に反映されること、現行賃料が低いと評価が抑えられること、買主が投資家層に絞られることです。どちらが勝つかは契約書次第ですので、税理士と弁護士に資料を見てもらってください。

築古ビルの売却相談で、テナントが入っている場合にまず出てくる選択がオーナーチェンジです。入居したまま、賃貸人の立場ごと買主に引き継いでもらう売り方です。

この方法は「手間がかからなくて楽」と説明されることがありますが、それは半分だけ正しい見方です。実際には売主が手放すものと、そのまま持ち越されるものがはっきり分かれます。何が移って何が残るかを知らないまま進めると、決済の直前に精算の話でつまずきます。

この記事では、オーナーチェンジで売る売主のメリットとデメリットを対照して整理します。個別の判断は専門家にご確認いただく前提で、天秤の両側に何を載せるかをお示しします。

そもそも何を引き継ぐ取引なのか

ポイントは3個:

  • 民法には、賃貸物である不動産が譲渡されたときに賃貸人の地位が譲受人に移転する旨の規定がある
  • 敷金の返還に関する債務も譲受人に引き継がれる構造になっている
  • 売却について賃借人の承諾を得ることが要件として定められているわけではない

メリットとデメリットを考える前に、取引の骨格を確認します。民法には、賃貸物である不動産が譲渡されたときに賃貸人の地位が譲受人に移転する旨の規定が置かれています。あわせて、賃貸人の地位の移転にともなって敷金の返還に関する債務も譲受人に引き継がれる旨の定めがあります(参考:e-Gov法令検索 民法 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/2026年10月時点)。

つまりオーナーチェンジは、建物と土地だけを売る取引ではありません。貸主としての立場、契約に書かれた条件、預かっている敷金の返還義務。これらが一体で移ります。売主が結んだ契約の中身が、そのまま商品の中身になるのがこの売り方の本質です。

なお売却そのものについて賃借人の承諾を得ることが要件として定められているわけではありません。ただし賃料の支払先が変わるため、実務では通知が必要になります。通知文の内容は後の精算の根拠にもなりますので、弁護士に目を通してもらうと行き違いを避けられます。

売主にとっての4つのメリット

ポイントは4個:

  • 引渡しまで賃料収入が入り続け、空室期間の負担を負わない
  • 収益から評価されるため、築古でも建物に値が付きやすい
  • 立退料や原状回復の費用をかけずに売却に進める
  • 賃料収入を目的とする買主層にアクセスできる

まず強みの側です。いちばん大きいのは、売却活動の期間中も賃料が入ることです。空室にしてから売る場合、売れるまでの固定資産税や管理費、光熱費は売主の負担になります。オーナーチェンジならその期間も収入があり、売り急ぐ必要が薄れます。

2つ目は評価の軸です。築古ビルを空室で売ると、買主は建物の古さと改修費を中心に値を見ます。一方オーナーチェンジなら、入っている賃料でいくら回るかという見方になります。築年数が同じでも、評価の出発点が変わるということです。

かけずに済む費用がある

3つ目は費用です。空室にして売るには、テナントに退いてもらう必要があり、立退料や原状回復の費用が発生することがあります。国税庁は、売るために直接かかった費用が譲渡費用の対象となる一方、修繕費など維持管理のためにかかった費用は譲渡費用にならないとしています(出典:国税庁「No.3255 譲渡費用となるもの」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3255.htm/2026年10月時点)。

つまり支出の性質によっては、譲渡費用として引けないまま手元から出ていくこともあります。オーナーチェンジはこの支出自体を回避できる売り方です。支出の扱いがどうなるかは工事や支払いの内容で分かれますので、空室化を検討する場合は先に税理士へ確認しておくことをおすすめします。

4つ目は買主層です。賃料収入を目的とする投資家は、自分で使う予定がないため建物の内装の好みに左右されにくく、数字で判断します。築古であっても、収益が説明できれば検討の対象になります。

売主が負う5つのデメリット

ポイントは5個:

  • 現行の賃料が相場より低いと、そのまま価格に反映される
  • 賃料や更新の条件は借地借家法の枠組みのなかで扱われ、動かしにくい
  • 営業中のため内見に制約があり、買主が建物の中を確認しにくい
  • 自分で使いたい事業者は買主候補から外れる
  • 契約書の不備や不利な特約が価格交渉の材料になる

次に弱みです。メリットの裏返しになっている点が多いので、同じ順に見ていきます。

収益から評価されるということは、賃料が低ければ評価も低くなるということです。長く入っているテナントほど、当時の水準の賃料が据え置かれていることがあります。相場より低い賃料で長期の契約が残っていると、買主はその数字をもとに値を付けます。

そして賃料は売主の希望だけで上げられません。賃料の改定や更新の拒絶は借地借家法の枠組みのなかで扱われます(参考:e-Gov法令検索 借地借家法 https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090/2026年10月時点)。売却を機に条件を整えたいと考えるなら、何がどこまで可能かを弁護士に確認してから動く必要があります。

築古ビルだからこそ重くなる論点

内見の制約は、築古ビルではとくに不利に働きます。買主は建物の状態を見たいのに、営業中のテナントがいる区画は自由に入れません。結果として、買主は見られない部分にリスクを織り込みます。

ここを補えるのが書類です。建築基準法には、一定の建築物について所有者等が定期的に調査・検査を行い結果を特定行政庁に報告する制度が置かれています(出典:国土交通省 定期報告制度 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000039.html/2026年10月時点)。報告の控えや修繕履歴を示せれば、見られない不安を数字と記録で埋められます。

もう一つが改修時の負担です。買主は購入後の手直しを想定します。環境省は建築物等の解体・改修工事における石綿の事前調査について情報を公開しています(出典:環境省 石綿に関する情報 https://www.env.go.jp/air/asbestos/post_87.html/2026年10月時点)。設計図書や過去の記録があるかで、買主の見込みの立てやすさが変わります。

最後に契約書そのものです。更新の定め、賃料改定の特約、修繕の費用負担、中途解約の条項。これらが曖昧だったり売主に不利だったりすると、買主は価格でその分を吸収しようとします。オーナーチェンジでは契約書が商品説明書になりますから、売り出す前に弁護士に点検してもらう価値が高い部分です。

両側を並べて判断する

ポイントは3個:

  • 同じ項目がメリットにもデメリットにもなるため、両側を対にして見る
  • 分かれ目は賃料の水準と契約書の質にある
  • 空室化は後戻りできないため、比較してから決める

ここまでの論点を対照表にします。同じ項目が裏表になっていることが見えてきます。

論点 メリットとして働く場合 デメリットとして働く場合
賃料の水準 相場並み以上なら収益評価が効く 相場より低いとそのまま価格に反映される
契約の残存期間 安定性として評価される 条件が固定され動かせない
テナントの存在 賃料が続き立退費用も不要 内見が制約され買主が限られる
建物の古さ 収益で見られるため前面に出にくい 改修費の見込みを買主が織り込む
敷金・保証金 引き継ぐ前提で精算すれば整理が付く 手元に残っていないと決済で資金が必要になる
契約書の内容 整っていれば説明材料になる 不備や不利な特約は値引きの理由になる

表を見ると、分かれ目が2つに絞られます。賃料の水準と契約書の質です。この2つが整っているならオーナーチェンジは有利に働き、どちらかが崩れていると弱みの側が重くなります。

注意したいのは、空室にしてから売るという判断が後戻りできない点です。退いてもらった後に「やはり賃貸中のまま売ったほうがよかった」とは言えません。費用も戻りません。ですから空室化を考えるなら、その前に両側を並べて比べる作業が必要です。税額の見込みは税理士に、賃貸借の整理の可否は弁護士に確認してから決めてください。

お金の流れで見落としやすい点

ポイントは4個:

  • 賃料や共益費は、契約や慣習で支払日が定められている場合はその日に計上する
  • 敷金や保証金は預り金であり、受け取った時点では収入にならない
  • 返還を要しないことが確定した日に、その金額を収入に計上する
  • 譲渡所得は長期と短期で税率が異なり、売った年の1月1日を基準に判定する

オーナーチェンジで決済直前に揉めやすいのが、お金の切り分けです。売却した年の賃料はどこまで自分の収入になるのか。預かっている敷金はどう扱うのか。ここは国税庁が整理を公開しています。

同庁は、地代・家賃・共益費について契約や慣習で支払日が決まっている場合はその日に計上するとし、決まっていない場合は実際に受け取った日、請求があったときに支払うものと定められている場合は請求日としています(出典:国税庁「No.1376 不動産所得の収入計上時期」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1376.htm/2026年10月時点)。引渡しの前後で日割り精算をするなら、この考え方との整合を取る必要があります。

敷金は「預り金」から始まる

敷金の扱いは誤解が多い部分です。同庁は、敷金や保証金は本来は預り金のため受け取った時点では収入にならず、返還を要しないことが確定した日にその金額を収入に計上するとしています。つまり預かっているあいだは自分のお金ではありません。

オーナーチェンジでは、この返還義務が買主に移ります。実務では決済時に相当額を買主へ渡す形で精算するのが一般的です。ところが過去の原状回復費用に充てていたり、運転資金に回していたりすると、手元に現金がない状態で決済日を迎えることになります。契約書の金額と帳簿を照らし合わせ、不足があるなら早めに手当てしておきましょう。計上の仕方は税理士に、契約上の整理は弁護士に確認してください。

売却益にかかる税金も確認しておきます。譲渡所得は長期と短期で税率が異なり、その区分は売った年の1月1日を基準に判定する仕組みです(出典:国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3208.htm、「No.3211 短期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3211.htm/2026年10月時点)。あわせて土地の譲渡および貸付けが消費税の非課税取引とされており、論点になるのは建物部分です(出典:国税庁「No.6201 非課税となる取引」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6201.htm/2026年10月時点)。

税務・法務の整理をあわせて進めるために

オーナーチェンジは、契約を商品として引き渡す取引です。だからこそ法務の整理が価格に直結し、精算の設計が税務に直結します。どちらも売り出す前に手を付けておくほうが、条件を組み立てやすくなります。

税務面で税理士に確認したい主な事項は、賃料や共益費の収入計上時期と日割り精算の扱い、敷金・保証金の処理と返還を要しないことが確定した部分の取扱い、譲渡所得の見込みと長期・短期の区分、取得費の算定と減価償却費相当額、消費税の課税事業者としての取扱い、土地と建物の価格配分、固定資産税の精算金の計上、申告の時期と必要書類などです。

法務面で弁護士に確認したい主な事項は、賃貸人の地位の移転と敷金返還債務の引継ぎ方、テナントへの通知文の内容、賃料改定や更新に関する特約の有効性、修繕の費用負担や中途解約の条項、原状回復の範囲、内見への協力を求める際の扱い、売買契約における告知事項と契約不適合責任の定め方などです。

相談の順番としては、まず契約書を弁護士に点検してもらい、整えられる範囲を把握してから税理士に試算を依頼すると数字がぶれません。

よくある質問

Q1. オーナーチェンジは空室で売るより有利ですか

賃料の水準と契約書の質によって変わります。相場並み以上の賃料で契約が整っているなら収益評価が効きますが、賃料が低く長期の契約が残っていると価格が抑えられます。両側を並べて比べる必要がありますので、契約書を弁護士に、税額の見込みを税理士にご確認ください。

Q2. テナントの同意は必要ですか

民法には、賃貸物である不動産が譲渡されたときに賃貸人の地位が譲受人に移転する旨の規定が置かれています(民法/2026年10月時点)。売却について賃借人の承諾を得ることが要件として定められているわけではありません。ただし賃料の支払先が変わるため通知は必要です。

Q3. 預かっている敷金はどうなりますか

民法には、賃貸人の地位の移転にともなって敷金の返還に関する債務が譲受人に引き継がれる旨の定めがあります。実務では決済時に相当額を買主へ渡す形で精算されることが多く、契約書の金額と帳簿の照合が前提になります。手元に残っていない場合は資金の手当てが必要です。

Q4. 敷金は収入として申告していましたか

国税庁は、敷金や保証金は本来は預り金のため受け取った時点では収入にならず、返還を要しないことが確定した日にその金額を収入に計上するとしています(No.1376/2026年10月時点)。過去の処理が正しかったかは帳簿を見ないと判断できませんので、税理士にご確認ください。

Q5. 売却した年の賃料はどこまで自分の収入ですか

同庁は、地代・家賃・共益費について契約や慣習で支払日が決まっている場合はその日に計上するとしています(No.1376/2026年10月時点)。引渡し前後の日割り精算とこの考え方の整合が必要ですので、計上の仕方は税理士にご相談ください。

Q6. 賃料が相場より低いのですが、上げてから売れますか

賃料の改定や更新の拒絶は借地借家法の枠組みのなかで扱われ、貸主の希望だけでは動きません(借地借家法/2026年10月時点)。何がどこまで可能かは契約内容と事情によりますので、交渉を始める前に弁護士にご相談ください。

Q7. 内見ができないと売れにくいのではないですか

制約はありますが、書類で補える部分があります。建築基準法には一定の建築物について定期的に調査・検査し結果を特定行政庁に報告する制度が置かれており(定期報告制度/2026年10月時点)、報告の控えや修繕履歴は建物の状態を示す資料になります。

Q8. 築古だと買主が改修費を見込んで値を下げますか

買主は購入後の手直しを想定します。環境省は建築物等の解体・改修工事における石綿の事前調査について情報を公開しており(石綿に関する情報/2026年10月時点)、設計図書や過去の記録があるかで買主の見込みの立てやすさが変わります。告知の範囲は弁護士にご確認ください。

Q9. 立退料を払って空室にしたほうがよいのでしょうか

後戻りできない判断です。国税庁は、売るために直接かかった費用が譲渡費用の対象となる一方、維持管理のためにかかった費用は譲渡費用にならないとしています(No.3255/2026年10月時点)。支出の扱いは内容で分かれますので、動く前に税理士と弁護士の双方にご相談ください。

Q10. 売り出す前に何を整えておけばよいですか

賃貸借契約書と覚書の一式、賃料の入金記録、敷金・保証金の残高、定期報告の控え、修繕履歴、取得時の契約書です。オーナーチェンジでは契約書が商品説明書になりますので、内容の点検を弁護士に依頼し、精算と税額の設計を税理士に相談しておくと交渉が滞りません。

まとめ

築古ビルをオーナーチェンジで売るメリットは、引渡しまで賃料が入ること、収益から評価されるため建物に値が付きやすいこと、立退きや原状回復の費用をかけずに済むこと、投資家という買主層にアクセスできることです。

デメリットはその裏返しです。賃料が低ければそのまま価格に反映され、しかも賃料や更新の条件は借地借家法の枠組みのなかで扱われるため動かしにくい。内見に制約があり、自分で使いたい事業者は買主候補から外れ、契約書の不備は値引きの理由になります。

分かれ目は賃料の水準と契約書の質です。そしてお金の面では、賃料の計上時期と敷金の扱いが決済の直前に効いてきます。敷金は預り金であり、返還を要しないことが確定した日に収入になる。この整理を知っていれば、手元に資金がないまま決済日を迎える事態を避けられます。契約書を弁護士に点検してもらい、精算と税額を税理士に試算してもらう。この2つを売り出す前に済ませておくことが、オーナーチェンジを有利に運ぶ条件です。

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