空室になった売主|すぐ売るか埋めてから売るか

QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い

テナントが抜けた店舗やビルは、空室のまま売るのと埋めてから売るのと、どちらがよいのでしょうか。

一律の正解はなく、どちらの買主層に当てるかで変わります。埋めれば賃料が価格の根拠になりますが、賃借人は買主に引き継がれ、普通借家であれば明渡しには正当の事由が必要になるため、自己使用を考える買主には不利に働きます。埋めるまでの期間と費用、そして税務上の扱いを数字にしたうえで、弁護士と税理士に確認しながら決めることが目安となります。

長く入っていたテナントが退去する。そのタイミングで売却を考え始める方は少なくありません。募集をかけるか、それとも空いているうちに手放すか、判断を迫られる場面です。

よく言われるのは「埋めてから売ったほうが高い」という説明です。収益から価格を見る買主にとってはそのとおりですが、すべての買主がそう見るわけではありません。むしろ空いていることを条件として探している買主もいます。

この記事では、借地借家法と報酬告示、国税庁の公開情報をもとに、この判断で並べておきたい材料を整理します。制度や数値は2026年9月時点の内容であり、個別の判断は弁護士・税理士などの専門家への相談を前提としてお読みください。

空室のまま売ると、誰が買い手になるのか

ポイントは3個:
① 自分で使いたい買主にとっては、空いていること自体が条件になる
② 投資として見る買主には、収益の裏づけがないぶん評価しにくい
③ 買主の属性によって、見る数字も交渉の論点も変わる

自己使用を考える買主にとっての空室

店舗や事務所を自分の事業のために探している買主にとって、賃借人が入っている物件は候補になりにくいのが実情です。買った後すぐに使えるという点で、空室は明確な利点になります。この層に当てる場合、内装をどこまで残すか、原状回復をどの範囲で行うかが交渉の論点になります。

投資として見る買主にとっての空室

一方、賃料収入を前提に価格を考える買主にとっては、空室は不確実性です。どの程度の賃料でいつ埋まるのかを自分で見込む必要があり、その分を割り引いて提示してくる傾向があります。周辺の賃料水準を示す資料や、過去の賃貸借契約の履歴を整理しておくと、見込みを立てる材料を渡せます。

空室のまま売ると決めた場合に整えておくこと

空室で売り出すなら、買主が用途を想像できる状態にしておくことが交渉の助けになります。図面、設備の仕様、電気容量、給排水の位置、使用できる業種の制限といった情報は、買主が事業計画を立てるときに必要になる材料です。管理規約で用途が制限されている区分店舗では、その範囲を先に示しておくと、話が進んでから覆る事態を避けられます。

あわせて、過去の賃貸借の条件と入居期間をまとめておくと、投資目線の買主に対しても説明ができます。空室であっても「どのくらいの賃料で、どの程度の期間埋まっていたか」が分かれば、買主は見込みを立てやすくなります。開示してよい範囲は契約上の守秘義務にも関わるため、迷う場合は弁護士に確認してください。

埋めてから売ると、何が変わるのか

ポイントは3個:
① 賃料が価格の根拠になり、収益から見た評価が出しやすくなる
② 建物の引渡しを受けた賃借人は、その後の取得者にも権利を対抗できる
③ 普通借家では、更新拒絶や解約申入れに正当の事由が求められる

賃借人は買主に引き継がれる

建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、効力を生ずるとされています(借地借家法第31条)。(出典:e-Gov法令検索「借地借家法」)つまり、売却しても賃貸借はそのまま買主に引き継がれます。埋めるという判断は、買主に対して賃貸借関係ごと渡すという判断でもあります。

さらに、建物の賃貸人による更新拒絶の通知や解約の申入れは、双方が建物の使用を必要とする事情のほか、従前の経過、利用状況、建物の現況、明渡しの条件として財産上の給付をする旨の申出があればその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければすることができないとされています(同法第28条)。解約の申入れをした場合でも、賃貸借が終了するのは申入れの日から6月を経過したときです(同法第27条第1項)。

この仕組みがあるため、自分で使いたい買主は「埋まっている物件」を敬遠します。埋めた結果として買主層が狭まる可能性は、事前に見ておきたい点です。契約内容によって扱いが変わるため、既存契約の条項確認は弁護士に依頼するのが確実です。

定期建物賃貸借という選択肢

期間の定めがある建物の賃貸借をする場合には、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、契約の更新がないこととする旨を定めることができるとされています(同法第38条第1項)。この場合、賃貸人は契約前に、更新がなく期間の満了により賃貸借が終了することについて、書面を交付して説明しなければならず、その説明をしなかったときは、更新がないこととする旨の定めは無効となるとされています(同条)。

売却を見据えて募集するなら、契約の型式そのものが交渉材料になります。期間満了で終了する形にしておけば、将来自分で使いたい買主にも説明がしやすくなります。ただし要件を満たさなければ普通の賃貸借として扱われるため、書面と説明の手順は弁護士に確認しながら進める必要があります。

埋めるまでにかかるものを数字にする

ポイントは3個:
① 貸借の媒介で依頼者双方から受ける報酬の合計は借賃1月分の1.1倍以内
② 事業用建物では、権利金の額を売買代金とみなして報酬を計算できる特例がある
③ 長期間使われていない物件の貸借には、報酬の特例が設けられている

募集にかかる費用のうち、金額の枠が決まっているのが媒介報酬です。宅地建物取引業者が宅地または建物の貸借の媒介に関して依頼者の双方から受けることのできる報酬の額の合計額は、借賃の1月分の1.1倍に相当する金額以内とされています。居住の用に供する建物の賃貸借の媒介では、依頼を受けるにあたって承諾を得ている場合を除き、依頼者の一方から受けられる額は借賃の1月分の0.55倍以内とされています。(出典:国土交通省「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額」昭和45年建設省告示第1552号)

また、居住の用に供する建物を除く賃貸借で権利金の授受があるものについては、権利金の額を売買に係る代金の額とみなして、売買の媒介に関する規定により報酬を計算することができるとされています。事業用のテナント募集では、この特例が適用される場面があります。さらに、令和6年7月1日施行の改正により、長期間にわたって用途に供されていない、または将来にわたり供される見込みがない宅地建物の貸借の媒介について、一定の条件のもとで借賃の1月分の2.2倍を超えない範囲で報酬を受けられる特例が設けられています。(出典:同告示。2026年9月時点の情報)

このほか、原状回復や内装の手直し、募集期間中のフリーレント、空室期間中も発生する固定資産税や管理費、光熱費などが積み上がります。埋めることで上がる売却価格と、ここまでの合計を並べて初めて比較ができます。

項目 確認しておきたいこと
募集にかかる期間 周辺の空室状況と、過去に埋まるまでに要した期間
原状回復・内装 スケルトンにするか現状のまま貸すかで金額が変わる
媒介報酬 告示の上限の範囲内で、金額と負担者を事前に確認
空室期間の固定費 固定資産税、管理費、保険料、最低限の光熱費
フリーレント等の条件 実質の賃料水準が下がると、価格の根拠も下がる

3つの進め方を並べて比べる

ポイントは2個:
① 「募集と売却を並行する」という第三の選択肢もある
② どれを選んでも、判断の基準は手取りと所要期間
進め方 向いている場面 注意したい点
空室のまま売る 自己使用の需要が見込める立地、早期に区切りたい場合 投資目線の買主には割り引かれやすい
埋めてから売る 賃料水準が安定し、短期で埋まる見込みがある場合 費用と期間、買主層が狭まる可能性
募集と売却を並行 どちらの買主層にも当たる可能性がある場合 条件が固まらず、双方の交渉が中途半端になりやすい

並行する場合は、賃貸借契約が成立した瞬間に売却の条件も変わるため、媒介を依頼する業者と方針を共有しておく必要があります。契約が重なったときの優先順位も、あらかじめ決めておくと混乱を避けられます。想定される揉め方については弁護士に確認しておくと備えになります。

税務の面から見た違い

ポイントは3個:
① 維持管理のための費用は譲渡費用にならない
② 所有期間は譲渡した年の1月1日時点で判定される
③ 事業用建物の譲渡は消費税の課税対象となり得る

譲渡所得は、売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します。譲渡費用の主なものとして仲介手数料や売主が負担した印紙税、土地を売るために建物を取り壊したときの取壊し費用などが挙げられる一方、修繕費や固定資産税など資産の維持や管理のためにかかった費用は譲渡費用にならないとされています。(出典:国税庁 タックスアンサー No.3255 譲渡費用となるもの/No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税))

つまり、埋めるために空室期間を延ばしている間の固定資産税などは、売却時の譲渡所得を減らす方向には働きません。事業として賃貸を継続している場合の必要経費としての扱いは別の論点になるため、どちらの整理になるのかは税理士に確認しておく必要があります。

また、所有期間は譲渡した年の1月1日時点で5年を超えるかどうかで長期と短期に区分され、税率の基礎が変わります。(出典:前掲・国税庁 No.3202/No.3208/No.3211)募集に時間をかけた結果、引渡しが年をまたぐ場合は区分が変わることもあります。なお、事業に使用していた建物や店舗賃貸用の建物の譲渡は消費税の課税の対象になるとされる一方、土地の譲渡は非課税取引とされています。(出典:No.3240/No.6201)時期の設計は税負担に影響するため、税理士への事前相談が目安となります。

【税務・法務に関する専門家相談のご案内】

税理士(不動産税務に詳しい方)
空室期間の費用の扱い、埋めた場合と空室のまま売った場合の手取り比較、引渡し時期による所有期間区分の違い、消費税の納税義務の判定など。期間をかける判断は税負担にも跳ね返るため、比較の段階からの関与が有効です。

弁護士(不動産取引に詳しい方)
定期建物賃貸借の要件と書面の整備、既存契約の条項確認、募集と売却を並行する場合の優先順位の設計、買主への賃貸借の承継に関する取決めなど。契約の型式が価格に直結する場面です。

建築士
原状回復やスケルトン化の範囲の検討、現行法令への適合状況の確認など。募集条件と売却条件の両方に関わります。

設備業者
空調・給排水・電気設備の劣化状況の確認と更新費用の概算など。長く空室が続いた建物では、稼働確認そのものが必要になります。

判断するまでの進め方

ポイントは2個:
① 感覚ではなく、期間と金額を書き出して比べる
② 決める前に、契約の型式まで含めて設計する
  • STEP1|退去理由と履歴を整理する
    なぜ抜けたのか、これまでどのくらいの期間で埋まってきたのかを書き出します。判断の前提になります。
  • STEP2|賃料の見込みを確認する
    いまの条件でいくらで募集できるかを複数の業者に確認します。実現性のある数字かどうかが鍵です。
  • STEP3|埋めるコストを積む
    原状回復、媒介報酬、空室期間の固定費を合計します。上限の枠がある項目は告示を確認します。
  • STEP4|2つの売却価格を見込む
    空室のまま売る場合と、埋めた場合の想定価格を出してもらいます。根拠の説明も受けます。
  • STEP5|手取りに引き直す
    費用と税金を差し引いた後の金額で比較します。試算は税理士に依頼すると精度が上がります。
  • STEP6|契約の型式を決める
    募集するなら、定期建物賃貸借にするかを含めて設計します。要件は弁護士に確認して進めます。
  • よくある質問(FAQ)

    ポイントは2個:
    ① 制度で決まっている部分と、市場で変わる部分を分ける
    ② 期間をかける判断は、費用と税務の両方に影響する
    Q1. 埋めたほうが高く売れるのは確かですか。
    収益から価格を見る買主にとっては評価が上がりやすい傾向があります。ただし自己使用を考える買主にとっては候補から外れる要因にもなるため、立地と需要によって結果は変わります。
    Q2. 売却後、賃借人はどうなりますか。
    建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対しても賃貸借の効力が生じるとされています。原則として賃貸借は買主に引き継がれます。
    Q3. 売るために退去してもらうことはできますか。
    普通借家では、更新拒絶の通知や解約の申入れに正当の事由が求められ、解約申入れの場合は6月を経過して終了するとされています。個別の可否は事情によるため弁護士にご相談ください。
    Q4. 定期建物賃貸借にすれば期間満了で終わりますか。
    書面による契約と、契約前の書面交付による説明が要件とされています。説明をしなかった場合は更新がないとする定めが無効になるとされているため、手順を守る必要があります。
    Q5. 募集の仲介手数料に上限はありますか。
    貸借の媒介に関して依頼者の双方から受ける報酬の合計額は借賃1月分の1.1倍以内とされています。事業用では権利金の授受がある場合の特例など、別の計算方法が使われることもあります。
    Q6. 長く空いている物件でも募集を頼めますか。
    長期間用途に供されていない物件の貸借の媒介については、一定の条件のもとで通常より高い報酬を受けられる特例が設けられています。金額は事前に確認してください。
    Q7. 空室期間の固定資産税は売却時に差し引けますか。
    固定資産税など資産の維持や管理のためにかかった費用は譲渡費用にならないとされています。事業としての必要経費の扱いは別の論点になるため、税理士にご確認ください。
    Q8. 募集と売却を同時に進めてもよいですか。
    実務上は行われていますが、賃貸借が成立すると売却条件も変わります。優先順位と情報共有の方法を最初に決めておくと混乱が避けられます。
    Q9. 内装を撤去してから売るべきですか。
    買主の用途によって評価が分かれます。撤去費用を負担するより、その分を価格に反映させる形で交渉する方法もあるため、範囲は建築士や設備業者の見立てを踏まえて決めるとよいでしょう。
    Q10. 判断に迷ったらどこから手をつければよいですか。
    埋めるまでの期間と費用を書き出し、2つのケースの手取りを税理士に試算してもらうところからです。そのうえで契約の型式を弁護士と設計すると、方針が固まります。

    まとめ

    ポイントは3個:
    ① 空室か満室かは、買主層を選ぶ選択でもある
    ② 埋めると賃貸借ごと買主に引き継がれる
    ③ 期間と費用を書き出し、手取りで比べる

    「埋めてから売る」は有力な選択肢ですが、常に有利とは限りません。埋めた瞬間に、その物件は賃貸借関係ごと引き継ぐ物件になります。自分で使いたい買主にとっては、それが理由で候補から外れることもあります。

    逆に、空室のまま売ると投資目線の買主からは割り引かれやすくなります。どちらを選んでも失うものがあるという前提で、期間と費用を書き出して比較するほかありません。

    募集するなら契約の型式まで含めて設計し、その要件は弁護士に確認する。2つのケースの手取りは税理士に試算してもらう。この二つを済ませてから動き出せば、どちらを選んでも納得のいく判断になります。

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