区分店舗を売るか迷っている売主が「比較すべき3つの選択肢」
売るか売らないかの二択で考えてよいのですか?
二択にすると判断を誤りやすくなります。並べるべきは3つです。現況で売る、貸して持ち続ける、テナントや状態を立て直してから売る。この3つは手元に残る金額だけでなく、税金のかかり方、負う責任の種類、必要な時間がそれぞれ違います。さらに相続を見据えると、小規模宅地等の特例の区分という別の軸も入ってきます。並べ方を決めたうえで、税理士と弁護士に数字と条件を確認するのが近道です。
「売ったほうがいいのか、持っていたほうがいいのか」。区分店舗の売主の方からいただくご相談で、もっとも多い問いです。そして多くの場合、頭の中は売るか売らないかの二択になっています。
ところが実務で結果を分けているのは、たいていその二択のあいだにある第三の選択肢です。テナントを入れ替える、賃料の条件を整える、原状回復を終えてから出す。少し手を入れてから売るという道が、現況売却と保有継続のどちらよりも良い結果になることがあります。
この記事では、3つの選択肢を同じ土俵に並べて比べます。個別の試算は税理士にご確認いただく前提で、何と何を比べればよいのかという枠組みをお渡しします。
選択肢① 現況のまま売る
ポイントは3個:
- 現金化がもっとも早く、管理と空室のリスクをその時点で手放せる
- 譲渡所得は他の所得と区分して計算され、長期と短期で税率が異なる
- 区分は売った年の1月1日を基準に判定するため、引渡し時期が論点になる
まず基準になる選択肢です。今の状態のまま売りに出し、買主が見つかれば引き渡す。手を入れないので追加の支出がなく、管理の手間や空室になるリスクをその時点で手放せます。判断材料が少なくて済むという意味でも、比較の出発点にしやすい道です。
税金面では譲渡所得の計算になります。国税庁は、土地や建物を売ったときの譲渡所得に対する税金は他の所得と区分して計算し、長期譲渡所得と短期譲渡所得で税率が異なると説明しています(出典:国税庁「No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3202.htm/2026年10月時点)。
この区分は、取得から売却までの実際の期間ではなく売った年の1月1日を基準に判定する仕組みです(出典:国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3208.htm、「No.3211 短期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3211.htm/2026年10月時点)。年内に引き渡すか年明けにするかで区分が変わり得ますので、スケジュールは税理士の見立てを聞いてから固めるとよいでしょう。
手元に残る額を決めるのは取得費
売却代金がそのまま残るわけではありません。国税庁は、取得費には売った土地や建物の購入代金、建築代金、購入手数料のほか設備費や改良費なども含まれるとし、建物の取得費は購入代金などの合計額から所有期間中の減価償却費相当額を差し引いた金額になるとしています(出典:国税庁「No.3252 取得費となるもの」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3252.htm/2026年10月時点)。
つまり長く持っていた区分店舗は、建物部分の取得費が小さくなっている可能性があります。この点は比較のうえで重要です。「持っていれば値上がりを待てる」という考え方は、同時に課税対象が膨らむ方向にも働くからです。
選択肢② 貸して持ち続ける
ポイントは4個:
- 不動産所得は総収入金額から必要経費を差し引いて計算する
- 必要経費になる主なものに固定資産税、損害保険料、減価償却費、修繕費がある
- 保有中に計上した減価償却費は、売却時の取得費を小さくする方向に働く
- 管理費や修繕積立金、大規模修繕の一時金は持ち続けるかぎり続く負担になる
2つ目は、貸したまま持ち続ける道です。賃料収入が入り続け、売却の判断を先に延ばせます。相場が上がる局面を待てるという期待もこの選択肢の魅力です。
国税庁は、不動産所得の金額は総収入金額から必要経費を差し引いて計算するとし、必要経費になる主なものとして固定資産税、損害保険料、減価償却費、修繕費を挙げています(出典:国税庁「No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1370.htm/2026年10月時点)。経費を引けるという点では持ち続けるほうが有利に見えます。
保有中の節税は売却時に跳ね返る
ただし見落としやすい連動があります。先ほど見たとおり、建物の取得費は所有期間中の減価償却費相当額を差し引いた金額になります。つまり保有中に経費として計上した償却費は、売るときの取得費を小さくします。毎年の所得税が軽くなるぶん、将来の譲渡所得が大きくなる構造です。
どちらが得かは、賃料の水準、保有する年数、売却時の想定価格、ご自身の所得の状況で変わります。感覚では判定できない領域ですから、保有を続ける案を検討する際は、何年持った場合にどうなるかを税理士に試算してもらう価値があります。
持ち続けるかぎり続く負担と責任
区分所有の物件では、管理費と修繕積立金が毎月出ていきます。大規模修繕が近づけば一時金の議案が出ることもあります。国土交通省のマンション標準管理規約は令和7年に改正され、中核となる改正区分所有法は令和8年4月1日に施行されています(出典:国土交通省「マンション標準管理規約」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/mansionkiyaku.html/2026年10月時点)。持ち続けるなら、こうしたルールの変化にも付き合っていくことになります。
貸主としての責任も続きます。更新の可否や賃料の改定は借地借家法の枠組みのなかで扱われ、貸主の希望だけでは動きません(参考:e-Gov法令検索 借地借家法 https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090/2026年10月時点)。テナントとの関係に懸案がある状態で保有を続けると、負担が増える方向に進むこともあります。契約の見直しを考えるなら弁護士に相談しておきましょう。
選択肢③ 立て直してから売る
ポイントは4個:
- テナントの入れ替えや賃料条件の整理で、収益から見た評価が変わる余地がある
- 工事費は修繕費と資本的支出のどちらに当たるかで扱いが分かれる
- 修繕費の判定にはおおむね3年以内の周期、20万円未満などの基準がある
- かけた費用が売却価格に反映されるかは別の問題として検討する
3つ目が、二択のあいだにある道です。すぐには売らず、売れる状態を整えてから出す。やることは物件によって違いますが、相場より低い賃料の契約を見直す、退去後の原状回復を済ませる、設備の不具合を直す、といった打ち手があります。
事業用の区分店舗は賃料から評価される資産ですから、賃貸の条件が整うと価格の見え方が変わります。現況売却で値付けが伸びないと感じた場合に、この選択肢を検討する意味があります。ただし時間と費用がかかり、その間の市況の変化も引き受けることになります。
工事費の扱いは判定で分かれる
工事をするなら費用の扱いを先に把握しておきたいところです。国税庁は、修繕費と資本的支出の区別は修繕や改良という名目ではなく実質で判定するとしたうえで、おおむね3年以内の周期で行われる修理・改良である場合、一つの修理・改良などの金額が20万円未満である場合などを修繕費として扱える基準として示しています(出典:国税庁「No.1379 修繕費とならないものの判定」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1379.htm/2026年10月時点)。
資本的支出に当たる工事は、改良費として取得費に積み上がる余地があります。一方で修繕費に当たるものはその年の不動産所得の計算に入ります。どちらになるかで効き方が変わりますから、見積りの段階で税理士に内容を見せておくと設計がしやすくなります。
テナントに退いてもらう形で立て直す場合は、法務の整理が前に来ます。立退きの進め方や合意書の内容は借地借家法の枠組みと契約の定めに沿って組む必要がありますので、交渉を始める前に弁護士に相談しておくことをおすすめします。
3つを同じ土俵に並べて比べる
ポイントは3個:
- 比べる軸は手元に残る額だけでなく、時間、負う責任、税金のかかり方も含める
- 同じ物件でも、売主の年齢や他の所得の状況で最適な選択肢は変わる
- 一度決めたら戻れない部分と、やり直せる部分を分けて考える
3つの輪郭が見えたところで、並べて比べてみます。金額の多寡だけで選ばないことが、この比較の要点です。
| 比較の軸 | ① 現況で売る | ② 貸して持つ | ③ 立て直して売る |
|---|---|---|---|
| 現金化までの期間 | もっとも短い | 先送りになる | 準備期間が加わる |
| 追加の支出 | 抑えられる | 管理費等が続く | 工事費や立退きの費用 |
| 主な税金 | 譲渡所得・印紙税など | 不動産所得・固定資産税 | 両方がかかわる |
| 負う責任 | 引渡しで区切れる | 貸主の立場が続く | 工事と交渉の責任が増える |
| 市況変動の影響 | 今の相場で確定する | 上下どちらも受ける | 準備期間ぶん受ける |
| やり直しの余地 | 売った後は戻れない | いつでも売却に転じられる | 支出した費用は戻らない |
表で見ると、②は判断を保留できるという強みがあり、①は区切りをつけられるという強みがあります。③はその中間で、うまくいけば両方の良さを取れますが、費用が戻らないという弱点を抱えます。この弱点をどこまで許容できるかが、③を選べるかどうかの分かれ目です。
そして実務では、③を検討する過程で①の条件が良くなることがあります。賃貸条件を整理した結果、工事をする前に買主が現れるという展開です。ですから③は「やると決める」前に「調べてみる」価値があります。調べた内容を税理士と共有しておけば、どの時点で売っても判断の根拠が残ります。
相続を見据えると比較の前提が変わる
ポイントは4個:
- 小規模宅地等の特例では、事業の種類によって限度面積と減額割合が分かれる
- 不動産貸付業などに供されていた宅地等は貸付事業用宅地等とされ、限度面積200㎡・減額割合50%
- 貸付系を除く事業の宅地等は特定事業用宅地等とされ、限度面積400㎡・減額割合80%
- 相続開始前3年以内に新たに貸付事業に供された宅地等は原則として対象から除かれる
ここまでは売主ご自身の手元に残る金額を軸にしてきました。しかし年齢や家族の状況によっては、相続まで含めて比較したほうが実態に合います。そして相続の視点を入れると、持ち続ける選択の見え方が変わります。
国税庁は小規模宅地等の特例について、貸付事業用宅地等は限度面積200平方メートル、減額割合50パーセントと示しています。これは相続開始の直前に被相続人等が不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業の用に供していた宅地等が対象です(出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm/2026年10月時点)。
自分で営業していたか、貸していたかで区分が違う
区分店舗の売主にとって見逃せないのがこの線引きです。同庁は、特定事業用宅地等は被相続人等の事業から不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業を除いたものであり、限度面積400平方メートル、減額割合80パーセントとしています。つまり自分の店を営んでいた区分店舗と、人に貸していた区分店舗では、相続時の評価減の枠が違ってくるということです。
どちらの区分に当たるかは、相続開始の直前にその宅地等がどう使われていたかで判断されます。売る・貸す・自分で使うという選択が、将来の相続の計算にまでつながっているわけです。適用には取得した親族ごとの要件もありますので、相続を見据えた比較をするなら税理士に整理してもらうことをおすすめします。
「今から貸し始める」が通らない場合がある
同庁は、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は原則として特例の対象から除かれるとしています。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合はこの除外に当たらないとされ、準事業は特定貸付事業に含まれないという整理も示されています。
評価減を目的に直前で貸し始めるという発想には歯止めがかかっている、ということです。この部分は要件が細かく組まれていますので、ご自身のケースが除外に当たるかどうかの判定は税理士に委ねるのが安全です。
税務・法務の整理をあわせて進めるために
3つの選択肢の比較は、税務と法務の両面から詰めないと数字が動きます。保有を続けた場合の税額は税務の計算ですが、その前提になる賃料や更新の条件は契約と法律で決まります。どちらかを曖昧にしたままでは、比較表の数字そのものが当てになりません。
税務面で税理士に確認したい主な事項は、現況売却した場合の譲渡所得の見込みと長期・短期の区分、取得費の算定と減価償却費相当額、保有を続けた場合の不動産所得と将来の譲渡所得の関係、工事費の修繕費と資本的支出の判定、消費税の課税事業者としての取扱い、小規模宅地等の特例の区分と要件、申告の時期と必要書類などです。
法務面で弁護士に確認したい主な事項は、現行の賃貸借契約の内容と特約の有効性、更新や賃料改定を求める場合の進め方、立退きを検討する場合の交渉と合意書の内容、賃貸人の地位の移転と敷金返還債務の整理、管理規約上の用途制限と工事の承諾ルール、共有者がいる場合の処分権限、売買契約における告知事項の範囲などです。
相談の順番としては、まず法務面で動かせる条件の範囲を把握し、そのうえで税務の試算を取るとずれが出にくくなります。比較表を自分で埋めてから持ち込むと、相談が一度で済みます。
よくある質問
Q1. 迷っているなら持ち続けたほうが無難ではないですか
判断を保留できるという点では有力な選択肢です。ただし管理費や修繕積立金は出続け、貸主としての責任も続きます。また保有中に計上した減価償却費は売却時の取得費を小さくする方向に働きます(No.3252/2026年10月時点)。無難かどうかは年数次第ですので、税理士に試算を依頼してください。
Q2. 相場が上がるのを待つ戦略はどう評価すべきですか
価格が上がれば手取りも増える可能性がありますが、同時に建物部分の取得費は償却によって小さくなっていきます。待つ期間の管理費等も加わります。相場の見通しに加えてこの2つを織り込んだ比較が必要ですので、保有年数ごとの試算を税理士に出してもらうとよいでしょう。
Q3. 立て直してから売る案は費用倒れになりませんか
その危険はあります。かけた費用が売却価格に反映されるかは別の問題で、買主が自分の業態に合わせて作り替える前提なら入れた設備が撤去対象になることもあります。工事の前に不動産会社の見立てを聞き、費用の税務上の扱いは税理士に確認してから判断してください。
Q4. 工事費は経費になりますか
国税庁は、修繕費と資本的支出の区別を名目ではなく実質で判定するとし、おおむね3年以内の周期で行う修理・改良、一つの修理・改良の金額が20万円未満の場合などを修繕費として扱える基準として示しています(No.1379/2026年10月時点)。具体的な当てはめは税理士にご相談ください。
Q5. 貸している区分店舗は相続で評価が下がりますか
国税庁は、貸付事業用宅地等について限度面積200平方メートル、減額割合50パーセントと示しています(No.4124/2026年10月時点)。ただし取得した親族ごとの要件を満たす必要があります。適用の可否はご家族の状況によりますので、税理士にご確認ください。
Q6. 自分の店として使っている場合は違うのですか
同庁は、特定事業用宅地等を被相続人等の事業から不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業を除いたものとし、限度面積400平方メートル、減額割合80パーセントとしています(No.4124/2026年10月時点)。貸していた場合と区分が異なりますので、どちらに当たるかは税理士に判定してもらってください。
Q7. 相続対策で今から貸し始めるのは有効ですか
同庁は、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は原則として特例の対象から除かれるとしています。ただし相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていた場合は除外されないとされ、準事業は特定貸付事業に含まれないとされています(No.4124/2026年10月時点)。判定は税理士にお任せください。
Q8. テナントに出ていってもらってから売るほうが高く売れますか
買主層が変わるため、一概には言えません。自分で使いたい事業者には空室が好まれ、賃料収入を求める投資家には入居済みが評価される場合があります。立退きには費用と時間がかかり、更新や解約は借地借家法の枠組みで扱われますので、交渉を考える段階で弁護士に相談してください。
Q9. 引渡しの時期で税金は変わりますか
譲渡所得は長期と短期で税率が異なり、その区分は売った年の1月1日を基準に判定する仕組みです(No.3208・No.3211/2026年10月時点)。年内か年明けかで区分が変わり得ますので、動かせる余地があるなら税理士の見立てを聞いてから決めてください。
Q10. 3つのうちどれを選ぶべきか決められません
決める前に「③を調べる」ところから始める方法があります。賃貸条件や工事の見積りを把握すると、①で出せる価格の見当も付きます。調べた結果で①に戻るのも立派な結論です。情報がそろった状態なら、税理士と弁護士への相談も一度で済みます。
まとめ
区分店舗を売るか迷ったときに並べるべきは、現況で売る、貸して持ち続ける、立て直してから売るの3つです。二択にしてしまうと、いちばん結果が良くなる可能性のある第三の道が検討の対象から外れてしまいます。
比較の軸は手取り額だけではありません。現金化までの期間、追加の支出、かかる税金の種類、負う責任、やり直しの余地。この5つを並べると、同じ物件でも売主の事情によって答えが変わる理由が見えてきます。
そして相続まで視野に入れると、小規模宅地等の特例の区分という別の軸が加わります。自分で営業していた区分店舗と人に貸していた区分店舗では枠が違い、直前から貸し始めることにも歯止めがあります。比較表を自分で埋め、法務で動かせる範囲を弁護士に確かめ、数字を税理士に試算してもらう。この三手で、迷いは判断に変わります。
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