相続対策で不動産を売る売主が知るべき「贈与税」との比較
QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い
相続対策として、不動産は売って現金にするのと、生前に贈与するのとでどちらがよいのでしょうか。
性質がまったく違う選択肢です。売却では売主に譲渡所得の税が生じ、贈与では受け取る側に贈与税が生じます。贈与では取得費と取得の時期が引き継がれるため、将来その不動産を売るときの税額にも影響します。さらに暦年課税では相続開始前の一定期間の贈与が相続財産に加算されます。数字を並べて比較する作業が前提になるため、税理士への相談が欠かせません。
相続を意識して不動産をどうするかを考え始めると、売却と並んでよく挙がるのが生前贈与です。どちらも「相続が起きる前に動かす」という点では同じですが、税金の仕組みはまったく別のものです。
売却は自分に税が生じ、手元には現金が残ります。贈与は受け取った側に税が生じ、不動産はそのまま移ります。この違いを押さえないまま「どちらが得か」を議論しても、比較がかみ合いません。
この記事では、国税庁が公開している仕組みをもとに、売却と贈与、そしてそのまま相続する場合を並べて整理します。制度や数値は2026年9月時点の内容であり、個別の判断は税理士・弁護士などの専門家への相談を前提としてお読みください。
誰に、いつ、どの税がかかるのか
① 売却では売主に譲渡所得の税が生じ、翌年に申告する
② 贈与では受け取った側に贈与税が生じる
③ そのまま相続すれば、相続の時点で相続人に相続税の問題が生じる
| 選択肢 | 税がかかる人 | 主な税目 |
|---|---|---|
| 売って現金化する | 売主本人 | 所得税・復興特別所得税・住民税、印紙税、事業用建物なら消費税 |
| 生前に贈与する | 贈与を受けた人 | 贈与税、登録免許税、不動産取得税など |
| そのまま相続させる | 相続人 | 相続税、登録免許税など |
この表が示すのは、負担する人が違うという点です。自分の手取りを最大化したいのか、次の世代の負担を抑えたいのかで、評価の軸が変わります。家族全体でどう見るかを決めてから数字を比べないと、議論が空回りしやすくなります。方針の共有は税理士を交えて行うと整理しやすくなります。
もうひとつの違いは、相手の同意が要るかどうかです。贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって効力を生ずるとされています(民法第549条)。(出典:e-Gov法令検索「民法」)つまり、受け取る側が引き継ぐ意思を持っていることが前提になります。維持の負担を考えると受けたくない、という反応が返ってくることもあり、そこで初めて売却の検討に戻る場合もあります。
なお、借入金の残る収益物件を債務ごと移すような形は、通常の贈与とは異なる扱いになる場合があります。該当しそうな場合は、実行の前に税理士へ確認し、契約の形については弁護士にも相談しておくと安全です。
贈与税の2つの課税方式
① 暦年課税は1年間に受けた贈与の合計額から基礎控除を引いて計算する
② 相続時精算課税は基礎控除110万円に加え、特別控除2,500万円の枠がある
③ 相続時精算課税は一度選ぶと、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻せない
暦年課税
贈与税の計算は、その年の1月1日から12月31日までの1年間に贈与によりもらった財産の価額を合計するところから始まります。その合計額から基礎控除額110万円を差し引き、残額に税率を適用して計算します。税率は「一般贈与財産」と「特例贈与財産」の区分に応じた速算表が示されています。(出典:国税庁 タックスアンサー No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)/No.4402 贈与税がかかる場合)
相続時精算課税
相続時精算課税を選択した場合、その贈与者ごとに、1年間に贈与を受けた財産の価額の合計額から相続時精算課税に係る基礎控除額110万円を控除し、さらに特別控除額2,500万円(前年以前に既に控除している場合は残額が限度)を控除した残額に対して贈与税がかかります。(出典:前掲・国税庁 No.4402)
この制度を使えるのは、贈与者が贈与をした年の1月1日において60歳以上の父母または祖父母など、受贈者が贈与を受けた年の1月1日において18歳以上の者のうち贈与者の直系卑属である推定相続人または孫、とされています。(出典:国税庁 No.4103 相続時精算課税の選択)名称のとおり、相続のときに精算する仕組みであり、税が消えるわけではありません。どちらの方式を選ぶかは後戻りできない判断を含むため、選択の前に税理士に相談する必要があります。
生前贈与は相続時に加算される
暦年課税による贈与であっても、相続開始前の一定期間内のものは相続税の課税価格に加算されます。令和6年1月1日以後の暦年課税に係る贈与により取得した財産については、その加算対象期間が相続開始前7年以内となるとされ、具体的な加算対象期間は被相続人の相続開始日に応じて定められています。加算された贈与財産の価額に対応する贈与税額は、加算された人の相続税の計算上控除されます。(出典:国税庁 No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税))
つまり、相続が近い時期の贈与は、結果として相続財産に戻って計算されることになります。時間をかけられるかどうかが、暦年課税を使う場合の前提条件になります。
不動産を贈与するときに見落とされやすい点
① 贈与税の計算でも、土地は路線価方式等、家屋は固定資産税評価額で評価される
② 贈与では取得費と取得の時期が引き継がれ、将来の売却時の税額に影響する
③ 名義を移す際には登録免許税などの負担も生じる
評価の仕組みは相続税と共通
相続税や贈与税を計算するとき、土地は原則として地目ごとに評価し、路線価方式と倍率方式があります。倍率方式は路線価が定められていない地域で用いられ、固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて計算します。家屋は固定資産税評価額に1.0倍して評価します。(出典:国税庁 No.4602 土地家屋の評価)現金と違い、評価額が市場価格とは別に定まる点は、贈与でも相続でも共通しています。
取得費が引き継がれるということ
相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期については、別に定めが置かれています。(出典:国税庁 No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期)贈与を受けた側がその不動産を将来売る場合、もとの所有者が取得した時点の金額や時期を基礎に譲渡所得が計算される場面があります。
これは見落とされやすい点です。贈与の時点では贈与税だけを見ていても、受け取った側が後で売却すると、そこで譲渡所得の税が生じます。世代をまたいで考えると、税は二段階で発生し得るということになります。将来の売却まで視野に入れた試算を税理士に依頼しておくと、判断の精度が上がります。
名義を移すこと自体の負担
不動産の名義を移すには登記が必要で、登録免許税がかかります。税額は登記の種類や原因によって異なるため、贈与と相続では負担が同じではありません。(出典:国税庁 No.7190 登録免許税のあらまし/No.7191 登録免許税の税額表)このほか、都道府県が課す不動産取得税の取扱いも取得の原因によって異なるため、所在地の担当課や税理士に確認しておく必要があります。
「身内に安く売る」という発想の落とし穴
① 著しく低い価額で譲り受けると、差額が贈与とみなされる場合がある
② 「著しく低い価額」かどうかは個々の事案に基づいて判定される
売却と贈与の中間として「子どもに安く売る」という案が出ることがあります。しかし、個人から著しく低い価額の対価で財産を譲り受けた場合には、その財産の時価と支払った対価との差額に相当する金額が、財産を譲渡した人から贈与により取得したものとみなされるとされています。著しく低い価額の対価であるかどうかは、個々の具体的事案に基づいて判定することになるとされています。(出典:国税庁 No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき)
ここでいう時価は、土地や借地権などの場合および家屋や構築物などの場合には通常の取引価額に相当する金額を指すとされています。相続税評価額と市場価格が離れている物件では、その差が論点になりやすくなります。親族間での売買を検討する場合は、価格の根拠となる資料をどう残すかが重要になるため、契約書の作り方について弁護士に、価格の妥当性について税理士に確認する二段構えが安全です。
売却した場合に生じる税の確認
① 譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算する
② 所有期間は譲渡した年の1月1日時点で判定される
③ 事業用建物の譲渡は消費税の課税対象となり得る
売却を選ぶ場合、譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算し、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものを長期、5年以下のものを短期として区分されます。(出典:国税庁 No.3202)税率の基礎は長期が所得税15%・住民税5%、短期が所得税30%・住民税9%で、これに復興特別所得税をあわせて申告・納付します。(出典:No.3208/No.3211)
事業に使用していた建物や店舗賃貸用の建物の譲渡は消費税の課税の対象になるとされる一方、土地の譲渡は非課税取引とされています。(出典:No.3240/No.6201)また、事業用資産を買い換える予定があるなら、一定の要件のもとで譲渡益の一部に対する課税を将来に繰り延べる特例もあります。(出典:No.3405 事業用の資産を買い換えたときの特例)
なお、相続の時点で所有していれば、事業用や居住用の宅地等について評価額を減額する小規模宅地等の特例の対象になり得ますが、生前に売却または贈与していれば相続財産に含まれないため対象にはなりません。(出典:国税庁 No.4124 小規模宅地等の特例)この点も含めて比較しないと、片手落ちの判断になります。
【税務・法務に関する専門家相談のご案内】
税理士(相続・不動産税務に詳しい方)
売却・贈与・相続の3パターンの税額比較、暦年課税と相続時精算課税の選択、生前贈与加算を織り込んだ試算、親族間売買の価格の妥当性、小規模宅地等の特例との関係整理など。方式の選択は後戻りできない部分を含むため、実行前の相談が前提になります。
弁護士(相続・不動産に詳しい方)
贈与契約書や売買契約書の作成、遺留分への配慮、共有を避ける承継方法の設計、親族間取引で後に争いにならないための記録の残し方など。税務の前提となる事実関係を固める役割を担います。
建築士
建物の現況把握、現行法令への適合状況の確認、今後必要になる工事の想定など。引き継ぐ側の負担を見積もる材料になります。
設備業者
設備の劣化状況の確認と更新費用の概算など。保有を続ける前提での費用感を把握できます。
比較するまでの手順
① 目的を先に決めてから、手段を比べる
② 世代をまたいだ合計で見ないと比較にならない
納税資金の確保なのか、分けやすくすることなのか、管理から離れることなのか。目的が違えば答えも変わります。
不動産の評価額と、現状のまま相続した場合の相続税の概算を税理士に試算してもらいます。
取得費の資料を確認し、譲渡所得の税と費用を差し引いた後の金額を確認します。
贈与税に加え、登録免許税や不動産取得税、将来売却したときの譲渡所得まで含めて見ます。
引き継ぐ意思があるのか、維持できるのか。ここが曖昧だと、税額の比較に意味がなくなります。
贈与契約書や売買契約書を整えます。記録の残し方については弁護士に確認しながら進めます。
よくある質問(FAQ)
① 制度で決まっている部分と、家族の事情で変わる部分を分ける
② 税目をまたいだ合計で比べる
まとめ
① 売却と贈与は、税がかかる人も税目も違う
② 贈与では取得費が引き継がれ、将来の売却時にも課税の場面がある
③ 中間策としての安売りは、贈与とみなされる場合がある
相続対策として不動産をどう扱うかは、「売る」「贈る」「そのまま残す」の3つを同じ土俵に乗せて比べる作業です。税がかかる人が違うため、自分の手取りだけを見ていると比較になりません。
贈与を選ぶなら、加算対象期間や課税方式の選択、そして将来売るときの取得費の引き継ぎまで見る必要があります。売却を選ぶなら、評価の仕組みや小規模宅地等の特例から外れることを織り込む必要があります。
結局のところ、3パターンの試算を税理士に出してもらい、分け方と契約の設計を弁護士と詰める。この順序を守ることが、遠回りに見えて一番早い進め方になります。数字が揃えば、家族の話し合いも具体的なものに変わります。
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