相続した店舗付き住宅を売る売主が使える「取得費加算の特例」
QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い
相続した店舗付き住宅を売るとき、取得費加算の特例は何をしてくれるのか?
相続税を納めた人が一定期間内に売却した場合、その財産に対応する相続税額を譲渡所得の取得費に加算できる制度です。取得費が増える分、譲渡益が圧縮されやすくなります。期限は相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで。空き家特例との併用はできないため、どちらを選ぶかを含めて税理士に早めに相談することが目安になります。
親から引き継いだ1階が店舗、2階が住居という建物。相続税を納め、いざ売却を考え始めたとき、多くの売主が直面するのが「購入当時の資料がない」という壁です。取得費が積み上がらなければ譲渡所得は膨らみ、相続税を払ったうえにさらに譲渡所得税がのしかかります。
この二重の負担を和らげる仕組みが、取得費加算の特例です。ただし期限があり、他の特例との選択関係もあり、店舗付き住宅ならではの論点も重なります。知らないまま時間が過ぎると、選べたはずの道が閉じてしまいます。
この記事では、制度の骨格から期限の数え方、他制度との選択、店舗付き住宅固有の注意点までを一次情報の出典とともに整理します。個別の適用可否は事実関係で変わるため、判断は必ず税理士や弁護士にご確認ください。
取得費加算の特例とは何か
① 相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算できる制度
② 適用要件は3つ。相続税を納めていることが前提
③ 加算額には上限があり、譲渡した財産ごとに計算する
国税庁は、相続または遺贈により取得した土地、建物、株式などの財産を一定期間内に譲渡した場合に、相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができるとしています。(出典:国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm/2026年9月時点)
適用を受けるための3つの要件
同ページは要件として、相続や遺贈により財産を取得した者であること、その財産を取得した人に相続税が課税されていること、その財産を相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していることの3点を挙げています。(出典:同上)相続税がかからなかった場合は加算する原資自体が存在しないため、対象外という整理になります。
加算できる金額の考え方
加算額は、その者の相続税額に、その者の相続税の課税価格の計算の基礎とされたその譲渡した財産の相続税評価額を掛け、その者の取得財産の価額、相続時精算課税適用財産の価額、純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産の価額の合計で割って計算します。ただしその金額が、この特例を適用しないで計算した譲渡益の金額を超える場合は、その譲渡益相当額が上限となります。なお、譲渡した財産ごとに計算します。(出典:同上)
算式そのものは公表されていますが、分母に何が入るかは相続の内容によって変わります。相続時精算課税や生前贈与がからむ場合はとくに複雑になるため、金額の確定は税理士に依頼するのが現実的です。根拠法令は措置法39条とされています。(出典:同上)
相続した店舗付き住宅でこの特例が効きやすい理由
① 取得費が不明だと譲渡価額の5%で計算せざるを得ない場面がある
② 取得費と取得時期は被相続人から引き継ぐ
③ 事業用部分の減価償却により建物の取得費はさらに目減りしやすい
古くから商売を続けてきた店舗付き住宅ほど、購入や建築当時の資料が残っていないことがあります。国税庁は、取得費が分からない場合について、土地建物を3,000万円で売った場合に取得費が不明のときは売った金額の5パーセント相当額である150万円を取得費とすることができるという例を示しています。(出典:国税庁「No.3258 取得費が分からないとき」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3258.htm/2026年9月時点)
取得費が小さいほど譲渡所得は膨らみます。そこに相続税額の一部を上乗せできる取得費加算の意味は小さくありません。また、相続や贈与によって取得したときは、被相続人や贈与者の取得の時期がそのまま引き継がれるとされています。(出典:国税庁「No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3270.htm/2026年9月時点)長く保有されていた物件なら、長期譲渡所得として判定されるケースが多くなります。
加えて建物の取得費は、購入代金や建築代金などの合計額から減価償却費相当額を差し引いた金額とされています。(出典:国税庁「No.3252 取得費となるもの」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3252.htm/2026年9月時点)店舗部分は事業用として償却が進んでいることが多く、建物の取得費は目減りしがちです。居住用部分と事業用部分で計算が分かれる点も含め、実額の組み立ては税理士と進めるのが安全です。
期限は「おおむね3年10か月」というタイムライン
① 相続税の申告期限は死亡を知った日の翌日から10か月以内
② そこからさらに3年を経過する日が譲渡の期限
③ 相続登記が済んでいないと売却活動そのものが進まない
相続税の申告は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行うこととされています。(出典:国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm/2026年9月時点)取得費加算の要件はこの申告期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡であるため、実務上は相続開始からおおむね3年10か月が目安になります。
建物の使用状況、賃貸借契約、借入や連帯保証の有無を確認します。権利関係に不明点があれば弁護士に相談します。
誰が取得するかで加算できる相続税額も変わります。分割案の段階から税理士に試算を依頼しておきます。
名義が被相続人のままでは売却手続が進みません。義務化の対象でもあるため早期に対応します。
取得費加算と空き家特例は併用できません。試算を比較したうえで税理士と方針を固めます。
事業用不動産は買主層が限られ、時間がかかることがあります。逆算した余裕が必要です。
相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書などを添えて申告します。準備は税理士と進めます。
相続登記については、相続により不動産の所有権を取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつその不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられ、正当な理由がないのに申請を怠ったときは10万円以下の過料の適用対象とされています。施行日は令和6年4月1日で、施行日より前に開始した相続についても対象となります。(出典:法務省「相続登記の申請義務化について」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00599.html/2026年9月時点)遺産分割が長引きそうな場合の対応は、弁護士に相談しておくと選択肢を把握しやすくなります。
空き家特例との選択という最大の分岐点
① 空き家特例と取得費加算は重複して適用できない
② 店舗付き住宅では空き家特例の対象範囲そのものが論点になる
③ どちらが有利かは金額次第。試算の比較が不可欠
被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除は、相続または遺贈により取得した被相続人居住用家屋またはその敷地等を、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間に売って一定の要件に当てはまるときに、譲渡所得の金額から最高3,000万円まで控除できる制度です。令和6年1月1日以後に行う譲渡で、相続または遺贈により取得した相続人の数が3人以上である場合は2,000万円までとなります。(出典:国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3306.htm/2026年9月時点)
重要なのは、この特例の要件に、売った家屋や敷地等について相続財産を譲渡した場合の取得費の特例や収用等の場合の特別控除など他の特例の適用を受けていないことが含まれている点です。(出典:同上)つまり両者は選択関係にあり、片方を使えばもう片方は使えません。
店舗付き住宅では前提の確認が先
同特例の対象となる被相続人居住用家屋は、相続の開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋で、主として被相続人の居住の用に供されていた一の建築物に限るとされています。また、譲渡の期限は相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までです。(出典:同上)店舗と住居が一体となった建物では、そもそも要件を満たすのか、満たすとしてどの範囲が対象になるのかが先に問題になります。
要件の細部は多岐にわたり、期限の数え方も取得費加算とは異なります。どちらの制度を選ぶかは、譲渡益の見込み、納めた相続税額、建物の使用実態によって結論が変わるため、両方の試算を税理士に出してもらったうえで比較するのが実務上の進め方です。
| 比較軸 | 取得費加算の特例 | 空き家特例 |
|---|---|---|
| 効果 | 取得費に相続税額の一部を加算 | 譲渡所得から最高3,000万円を控除 |
| 前提 | 相続税を納めていること | 被相続人居住用家屋等に該当すること |
| 譲渡の期限 | 申告期限の翌日以後3年を経過する日 | 相続開始から3年経過日の属する年の12月31日 |
※制度の骨格を整理したものです。要件の詳細は各出典と税理士にご確認ください。
小規模宅地等の特例との関係も見落とせない
① 相続税側の評価減は、取得費加算の計算にも影響し得る
② 店舗付き住宅は区分の判定自体が論点になりやすい
小規模宅地等の特例は、相続した事業の用や居住の用の宅地等について、相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、区分ごとに一定の割合を減額する制度です。(出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm/2026年9月時点)
取得費加算の算式は、譲渡した財産の相続税評価額を分子に置きます。相続税の段階で評価額が下がっていれば、加算できる金額の計算にもその影響が及びます。相続税を抑える選択が、譲渡所得の場面では別の結果につながることもあるわけです。
店舗付き住宅は、居住用として使っていた部分と事業用として使っていた部分が同じ敷地上に混在します。どの区分に当てはめるか、面積をどう配分するかは判断を伴う領域であり、相続税の申告と将来の売却を通して見通せる税理士に、早い段階から相談しておく意味は大きいといえます。
つまずきやすいケースと注意点
① 生前贈与で受け取った財産は対象にならない
② 未分割のまま申告期限を迎えると特例の適用に影響が出る
③ 誰が取得するかで加算できる金額が変わる
要件の第一は、相続や遺贈により財産を取得した者であることです。(出典:国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm/2026年9月時点)生前に贈与で受け取っていた店舗付き住宅を売る場面は、そもそも入口が異なります。生前の承継を検討している段階なら、将来の売却まで見据えて税理士に相談しておくと選択の幅が広がります。
もうひとつの落とし穴が、遺産分割の停滞です。国税庁は、相続税の申告は相続財産が分割されていない場合であっても期限までにしなければならず、分割されていないことで申告期限が延びることはないとしています。また、その際は小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例や配偶者の税額の軽減の特例などが適用できない申告になると注意を促しています。(出典:国税庁「No.4208 相続財産が分割されていないときの申告」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4208.htm/2026年9月時点)
店舗付き住宅は、事業を継ぐ人と継がない人で希望が割れやすく、話し合いが長引きがちな資産です。分割が決まらないまま時間だけが進むと、相続税側でも譲渡所得側でも不利になり得ます。協議が難しいと感じた時点で弁護士に間に入ってもらい、並行して税理士に分割案ごとの試算を出してもらう。この二正面の準備が、結果的に期限内の売却を可能にします。
店舗付き住宅ならではの実務論点
① 居住用部分と事業用部分で適用できる特例が分かれる
② 事業用建物の譲渡は消費税の論点が生じ得る
③ 賃借人がいる場合は法務面の整理が価格を左右する
居住用部分の扱い
相続人自身が引き継いで住みながら商売を続けていた場合など、居住用財産の特例が関係する場面もあります。国税庁は、店舗併用住宅を売ったときにこれらの特例の適用を受けることができるのは自分の居住の用に使っていた部分に限られるとし、居住の用に使っていた部分が全体のおおむね90パーセント以上であるときは全体を居住の用に使っていたものとして適用を受けることができるとしています。(出典:国税庁「No.3452 店舗併用住宅を売ったときの特例」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3452.htm/2026年9月時点)どの制度と組み合わせるのが有利かは、税理士による複数パターンの試算が判断材料になります。
消費税の論点
国税庁は、事業に使用していた建物や機械、車両等の事業用資産を譲渡した場合や、住宅賃貸用・店舗賃貸用の建物を売却した場合も消費税の課税の対象になるとしたうえで、納税義務の判定については納税義務の免除の項目を参照するよう案内しています。(出典:国税庁「No.3240 個人が事業用建物等を譲渡した場合の消費税」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3240.htm/2026年9月時点)相続後に事業を承継したかどうかで立場が変わり得るため、判定は税理士に確認しておきましょう。
賃借人がいる場合
1階を第三者に貸したまま相続したケースでは、賃貸借関係の整理が売却の前提になります。建物賃貸借契約の更新や終了については借地借家法に定めが置かれており、貸主の都合だけで終了させられるものではありません。(出典:e-Gov法令検索「借地借家法」https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090/2026年9月時点)契約書が見当たらない、敷金の残高が不明といった状態も珍しくないため、承継の方法を含めて弁護士に相談しておくと安全です。
また、引渡し後の紛争を避ける観点も欠かせません。民法は、引き渡された目的物が種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡しまたは不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができると定めています(民法第562条第1項)。(出典:e-Gov法令検索「民法」https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/2026年9月時点)相続した物件は売主自身が建物の状態を把握しきれていないことが多く、告知の範囲や免責特約の設計は弁護士の確認を受けておきたい部分です。
【税務・法務に関する専門家相談のご案内】
税理士(相続・不動産に詳しい方)
取得費加算額の計算、空き家特例や居住用財産の特例との選択、小規模宅地等の特例との関係、消費税の納税義務判定、確定申告と添付書類の準備。相続税の申告段階から売却まで通して見てもらえると、選択肢を残したまま進めやすくなります。
弁護士(相続・不動産に詳しい方)
遺産分割協議の進め方、共有名義の解消、賃貸借契約の承継や終了、敷金や原状回復の整理、契約不適合責任の特約設計、告知事項の範囲。合意内容を書面化する前に弁護士の確認を受けておくと、後の紛争リスクを抑えやすくなります。
建築士
図面と現況の相違、増改築の履歴、用途に関する適法性の確認。居住用部分と店舗部分の面積を整理する場面でも専門的な確認が役立ちます。
設備業者
店舗部分の給排水設備、換気・ダクト、電気容量、厨房設備の状態確認。長く使われてきた設備の状態把握は、契約条件を整理する前提になります。
よくある質問(FAQ)
① 以下はいずれも一般的な考え方であり、個別の適用可否は税理士・弁護士へご確認ください
まとめ|期限と選択を早い段階で押さえる
① 取得費加算は相続税を納めた人が期限内に売った場合の制度
② 空き家特例とは選択関係。試算の比較が判断材料になる
③ 相続税の申告段階から税理士・弁護士に相談しておく
取得費加算の特例は、相続税と譲渡所得税の二重の負担を和らげる仕組みですが、期限を過ぎれば使えません。相続した店舗付き住宅は、事業用不動産としての性格から買主層が限られ、売却に時間がかかることもあります。期限から逆算した計画が欠かせません。
そして、空き家特例や居住用財産の特例との選択、小規模宅地等の特例との関係、消費税や賃貸借の整理まで、判断は相互に絡み合います。個々の制度を単独で見ても最適解にはたどり着きにくいところです。
相続税の申告を終えてから売却を考え始めるのではなく、申告の段階で「いずれ売る可能性がある」と伝えておく。それだけで税理士の見立ては変わります。法務面の不安は弁護士に、建物の状態は建築士に。早めに手を打つほど、選べる道は多く残ります。
※本記事の制度・数値は2026年9月時点の一次情報に基づきます。税制・関連法令は改正される可能性があるため、税務署または税理士、法務面は弁護士にご確認ください。
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