区分店舗の家賃を「値上げ」する時のテナントへの伝え方
QUICK ANSWER ─ この記事が答える問い
長く据え置いてきた区分店舗の賃料を上げたいとき、どう切り出せばよいのでしょうか。
法律は、租税その他の負担の増減や経済事情の変動、近傍同種の建物の借賃との比較によって不相当となったときに、将来に向かって借賃の増減を請求できると定めています。つまり、根拠を示せるかどうかが出発点です。数字を揃え、書面で、余裕をもって伝える。合意できない場合は訴えの前に調停の申立てが必要とされているため、早い段階で弁護士に相談するのが目安です。
固定資産税の通知額が上がった。管理費と修繕積立金も改定された。それでも賃料は入居当時のまま。区分店舗を長く貸していると、こうした状態になることがあります。
ただ、値上げの話は切り出しにくいものです。関係が悪くなれば退去につながり、空室期間の損失のほうが大きくなることもあります。だからこそ、伝え方と順序が結果を左右します。
この記事では、借地借家法と国税庁の公開情報をもとに、賃料改定の進め方を整理します。制度や数値は2026年9月時点の内容であり、個別の判断は弁護士・税理士などの専門家への相談を前提としてお読みください。
そもそも値上げを求められる条件
① 租税等の負担の増減、経済事情の変動、近傍同種の借賃との比較が判断の要素とされている
② 請求できるのは将来に向かってであり、過去にさかのぼるものではない
③ 一定の期間増額しない旨の特約があれば、その定めに従う
借地借家法32条の定め
建物の借賃が、土地もしくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地もしくは建物の価格の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができるとされています。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従うとされています(借地借家法第32条第1項)。(出典:e-Gov法令検索「借地借家法」)
条文が挙げているのは、公租公課の増減、価格や経済事情の変動、そして近傍同種の建物の借賃との比較です。「長く据え置いてきたから」という理由だけでは説明になりません。何がどう変わったのかを示せるかが、話の土台になります。
契約書の特約を先に確認する
一定期間賃料を増額しないという特約が置かれていれば、その期間中は定めに従うことになります。逆に、更新時に協議するという条項や、一定の指標に連動して改定するという条項が入っている契約もあります。まず自分の契約書がどうなっているかを確認してください。条項の読み方に迷う場合は、弁護士に目を通してもらうと方針が定まります。
定期建物賃貸借の場合
定期建物賃貸借については、借賃の改定に係る特約がある場合には、借賃の増減額請求に関する規定は適用しないとされています(同法第38条)。契約の型式によって扱いが変わるため、自分の契約がどちらなのかも確認しておく必要があります。
伝える前に根拠を揃える
① 公租公課の推移は、通知書で客観的に示せる
② 管理費や修繕積立金の改定も、区分店舗では根拠になり得る
③ 近隣の賃料水準は、複数の情報源で確認する
| 揃える材料 | 示し方 |
|---|---|
| 固定資産税・都市計画税 | 納税通知書の推移を年度ごとに一覧化する |
| 管理費・修繕積立金 | 改定の経緯が分かる総会資料や通知を添える |
| 維持修繕の実績 | 実施した工事と費用を時系列で整理する |
| 近隣の賃料水準 | 同種・同規模の募集条件を複数集め、前提を揃えて比較する |
| 賃料の据置期間 | 契約時から現在までの改定履歴をまとめる |
区分店舗では、建物全体の管理費や修繕積立金が改定されると、その負担は区分所有者に及びます。この変化は総会資料などで客観的に示せるため、説明の材料として使いやすい部分です。一方、近隣の賃料については、募集条件と成約条件が違うこと、フリーレントや一時金の条件が反映されていないことに注意が必要です。前提を揃えずに数字だけを並べると、かえって反論の余地を与えます。根拠の組み立て方に不安があれば、弁護士に相談しておくと構成が整理できます。
いつ、誰が、どう伝えるか
① 更新や改定の時期から逆算し、余裕をもって伝える
② 書面で、記録が残る形にする
③ 退去を迫るような伝え方は避ける
時期の選び方
多くの契約では、更新の時期が話し合いの機会になります。テナントの側にも予算の編成や本部への稟議があるため、直前に切り出すと検討する時間がありません。数ヶ月前に意向を伝え、根拠を示したうえで協議に入る流れが現実的です。急な繁忙期や決算期を避けるといった配慮も、関係の維持につながります。
伝える経路
管理を委託している場合は、管理会社を通じて伝えるのが通常です。直接の関係がある場合でも、口頭だけで済ませると内容も時期も残りません。まず書面やメールで意向を伝え、必要に応じて面談で補足するという順序にしておくと、後で経緯を説明できます。
通知書に書くこと
記載しておきたいのは、改定を求める理由、希望する金額と改定の希望時期、根拠として参照した資料、そして協議に応じる姿勢です。金額だけを示して回答を求める形にすると、交渉ではなく通告と受け取られかねません。なお、増減の請求は将来に向かってするものとされているため、過去の分をさかのぼって請求する内容にはなりません。文面の作り方は弁護士に確認しておくと、後の手続きでも使える形になります。
避けたい伝え方
応じなければ契約を終わらせるといった示唆は避けてください。更新拒絶の通知や解約の申入れには正当の事由が求められるとされており(同法第28条)、賃料に応じないことだけを理由に契約を終了させられる構造ではありません。強い言い方をしたことが、後の協議や手続きで不利に働くこともあります。
合意できないときの進み方
① 協議が調わない間、賃借人は相当と認める額を支払えば足りるとされている
② 裁判で確定した場合、不足額には利息を付して支払うこととされている
③ 訴えを起こす前に、まず調停の申立てをしなければならないとされている
借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りるとされています。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならないとされています(借地借家法第32条第2項)。
つまり、通知を出したからといって翌月から新しい賃料が当然に入ってくるわけではありません。相手が従来の額を支払い続けることもあり得ます。そのうえで、賃料の増減額を求める訴えについては、訴えを提起する前にまず調停の申立てをしなければならないとされています(民事調停法第24条の2)。
手続きに進むかどうかは、増額が見込める幅と、かかる時間や費用、そして関係を続けられるかどうかを比べて判断することになります。感情的なやり取りが続く前に、弁護士に相談して見通しを立てておくほうが選択肢を残せます。
売却を視野に入れている場合
① 賃料水準は、収益から価格を見る買主の評価に直結する
② 改定の協議中であることは、買主に説明すべき事情になり得る
③ 賃貸借は買主に引き継がれる
区分店舗を収益物件として売る場合、賃料は価格の根拠そのものになります。周辺水準より低いまま据え置かれていれば、その状態が価格に反映されます。売却前に改定できれば評価は変わり得ますが、協議に時間がかかれば売却時期も後ろにずれます。どちらを優先するかは、手取りベースで比較して決める話になります。
また、改定の協議が進行中のまま売りに出す場合、その事実は買主の判断に影響します。宅地建物取引業者は、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼす事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為が禁止されています(宅地建物取引業法第47条第1号)。(出典:e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」)媒介業者には状況を共有し、どう説明するかを一緒に決めてください。
なお、建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対しても効力を生ずるとされています(借地借家法第31条)。協議の途中で売却すれば、その続きは買主が引き継ぐことになります。
賃料と税金の関係
① 土地の貸付けは非課税とされる一方、事業用建物の貸付けは扱いが異なる
② 賃料が増えれば所得も増えるため、手取りへの影響を確認する
③ 売却時の譲渡所得の計算にも間接的に関わる
消費税では、土地の譲渡および貸付けは非課税取引とされています。(出典:国税庁 タックスアンサー No.6201 非課税となる取引)建物の貸付けについては用途などによって扱いが分かれるため、改定後の賃料を税込とするのか税別とするのか、通知書や合意書にどう書くのかは、あらかじめ税理士に確認しておくと後の処理が楽になります。
また、賃料が上がれば、その分だけ所得も増えます。増額分がそのまま手取りになるわけではないため、どの程度の効果があるのかを税理士に試算してもらうと、交渉で譲れる範囲も決めやすくなります。管理費や修繕費の負担が増えている状況なら、その数字も併せて整理しておくと全体像が見えます。
将来の売却まで見据えるなら、譲渡所得は売った金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算し、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものを長期、5年以下のものを短期として区分されます。(出典:国税庁 No.3202/No.3208/No.3211)事業に使用していた建物や店舗賃貸用の建物の譲渡は消費税の課税の対象になるとされています。(出典:No.3240)賃料改定と売却のどちらを先に進めるかは、税負担も含めて税理士に相談しながら決めるのが目安です。
【税務・法務に関する専門家相談のご案内】
弁護士(不動産・賃貸借に詳しい方)
契約書の特約の読み方、増額請求の見通し、通知書や合意書の文面、協議が調わない場合の手続きの選択、売却時の説明範囲など。最初の通知の書き方が、その後の手続きでも使えるかどうかを左右します。
税理士(不動産税務に詳しい方)
増額分の所得への影響、消費税の取扱いと賃料表示の方法、管理費や修繕費との差引での効果の試算、売却まで見据えた場合の比較など。交渉に入る前に数字を持っておくと判断が安定します。
建築士
建物の現況確認、必要な改修の範囲の整理など。設備更新や改修を伴う改定であれば、内容を説明する材料になります。
設備業者
空調・給排水・電気設備の状態確認と更新費用の概算。負担増の根拠を具体的な金額で示せるようにします。
進め方の手順
① 根拠を揃えてから切り出す
② 記録が残る形で段階を踏む
賃料改定に関する条項、増額しない旨の特約、更新の定めを読み直します。契約の型式も確認します。
公租公課、管理費・修繕積立金、修繕実績、近隣水準を整理します。前提を揃えて比較します。
増額分がどれだけ手取りに残るかを税理士に確認し、譲れる範囲を決めておきます。
理由、希望額、希望時期、根拠、協議の意思を記載します。文面は弁護士に確認します。
面談での補足は記録を残します。段階的な改定や条件の組み合わせも検討します。
改定後の金額、適用開始時期、その他の条件を覚書として交わします。
よくある質問(FAQ)
① 条文で決まっている部分と、交渉で決まる部分を分ける
② 通知を出した時点で自動的に賃料が変わるわけではない
まとめ
① 値上げは「据え置いてきたから」ではなく、変化を示して求めるもの
② 通知だけで賃料が変わるわけではない
③ 手続きに進む前に、効果と時間を比べておく
賃料の改定は、言いにくさの問題に見えて、実際は準備の問題です。公租公課や管理費の推移、修繕の実績、近隣の水準。これらを揃えてから切り出せば、話は感情ではなく数字の上で進みます。
一方で、通知を出せば自動的に新しい賃料が入るわけではありません。協議が調わない間の扱いや、訴えの前に調停が必要とされている点を知らずに進めると、想定と違う展開になります。
通知書の文面と手続きの見通しは弁護士に、増額分がどれだけ手取りに残るかは税理士に。この二つを押さえてから伝えれば、関係を保ったまま条件を見直せる可能性が高まります。売却を考えているなら、改定と売却のどちらを先にするかも同じ土俵で比べてみてください。
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